その4 [第1章 居てもいい場所]
「なにごと!」
さくらママは、耳をうしろに寝かせて、警戒態勢に入る。
そして、ひとっ跳びで金網とベランダをつなぐ橋の上に立ちはだかって、
「ウチのなわばりには、入れないよ!」とばかりにねずをにらみつけた。
母親の威圧感に、ねずは怖じ気づいた。
せっかく半分までよじ登った金網から、オロオロと地面へ飛び降りてしまう。
それでもあきらめきれずに、ねずは金網の下から、もう一度「にゃあ」と鳴いた。
「がんばって、上がっておいで」窓から顔を出した人が、ねずに言う。
そして、さくらママに、
「ね、あの子、上がらしてやって。まだ子猫だもの」と声をかけている。
ねずは、再び、金網にすがりついた。
・・・そんな、さくらママとの攻防が、三度、繰り返された。
四度目にねずが、もてる限りの勇気と力をふりしぼってようやく金網を登り切り、
ベランダへと渡された橋までたどりつくと、
さくらママは、しばらく思案しながらねずをにらみつけていたが、
やがて黙って身体をずらし、ねずが通れるようにすき間を空けてくれた。
まるで、子猫の勇気に敬意を払ったかのように。
ねずは、さくらママの気が変わらないうちにと、
すばやくその脇をすり抜けてベランダに上がり、お皿に突進した。
ぶち子のとなりに並んで、お皿いっぱいのごちそうにむしゃぶりつく。
ぶち子は、知らない子猫がお皿に頭をつっこんできても、べつに気にしない。
だって、ママが許したのだから。
それにお皿は、子猫の頭ふたつ分が並んでも十分なほど大きくて、
ごちそうは、二匹のちびすけでは食べつくせないほどたっぷりと載せられていたのだから。
ごちそうをお腹いっぱいにつめこんで、ねずは、ようやくお皿から顔を上げた。
先に食べ終わったぶち子は、やや離れて座っていて、
「この子、だれ?」とでも言いたげな顔つきでねずをチラチラと盗み見る。
さくらママは、ねずにはもう無関心といったようすで、
中断していた食事のつづきをはじめている。
窓の人は、ねずが満腹した様子を見て、にっこりと笑った。
「あんた、あの穴から鼻先だけ出してるとこ、まるでちっちゃな小ネズミみたいだったよ」
と、その人は言う。
「さくらがいいって言ってるみたいだから、あんたもこれから、
ここでゴハン食べなさい。小ネズミみたいだから、あんたの名前は『ねず』。
ぶち子と仲良くしなくちゃダメよ」
そのときから、ねずは、ベランダの一員になった。
さくらママのお許しをもらったからには、ぶち子とは、絶対うまくやっていける。
ねずは、確信していた。
そして、知らんぷりで毛づくろいしているぶち子の頭に、ぐいぐいと鼻面をすりよせた。
ぶち子は、「もうー」と仏頂面を返してきたが、そんなの、ぜんぜんへっちゃらだ。
ねずは、ぶち子の背中にじゃれついて、やわらかな首筋をそっと噛んだ。
だって、ねずは、心の底からうれしかったのだ。
生まれてはじめて、『居てもいい』と許された場所。
ねずは、このベランダの一隅にそんな場所を手に入れたのだから。
~第二章に、つづく~
こんにちは
1~4まで
読ませていただきました。
強いネコだけが生き残れるという
そらまめさんの言葉が
実感として伝わって来ました。
次回が楽しみです。
by かずあき (2012-12-08 12:12)
ねずちゃん、良かったねぇ。
安心できる場所が見つかって。
by ぽちの輔 (2012-12-09 08:05)
胸がギュンギュンしてます。
第4話、楽しみにしておりましたから~。
ぼへ猫通信とは違う、お話ブログ。とってもいいです。
大好きです。
ベランダッ子って、最初は何ぞ?と思ってたけど、そういう経緯だったのかぁ。あったかい響きだな~。
by morichan (2012-12-09 17:15)
一気読みさせていただきました。
猫たちの姿が目に浮かぶ、素敵な文章にウルウルです。
実話なんですよね。それがまた、感動的です。
by figaro (2012-12-11 00:00)
やった、やった!ねずちゃん、よくがんばったね!(^^)!
ベランダでゴハン食べられるようになるってわかってても、
ハラハラしちゃいました^_^;
あ~、よかった♪
by yonta* (2012-12-11 21:17)
さくらちゃんのママぶり・・・や、ねずちゃんの名前の由来・・・など、
よく、わかりました。
ねずちゃん、必死で、生き延びて、
安らぎの居場所がみつかり、ほんとに、よかったですね。
by マユリィ (2013-05-22 16:37)
(;_;)うるうるです。
心が揺さぶられました。。。
猫さんの言葉がわかる人が書けるお話です。。。
続きを読ませてもらわにゃ。。!
by ぺぽママ (2014-06-06 22:09)
安心できる場所があるって,何にも代え難いことです。
続きも期待しています!
by yu-on (2017-09-02 20:55)
よよよよかった~~~
がんばったね、ねずちゃん!エライぞ。
のらんさんも素晴らしい。子猫を信じて、自分で登っておいで って…
私だったらテンパって、子猫を迎えに行っちゃうか
さくら母さんを押しとどめるかしちゃいそう。
それをしなかったからこそ、この親子が子猫を受け入れる結果になったのですね。
by ミケシマ (2020-05-17 18:23)