その40 [第8章 旅立ち]
「そんな白線、見たことない顔だね。あんた、誰のお許しで、ここでゴハン食べてるんだい?」
金色の目の持ち主が、低い声で言った。猫の姿は暗闇に溶けていて、ねずには金色の目しか見えない。
「スミマセン、あの、あたし、双子のママに教わったの」
「へぇ~、あの気の強い『りりぃママ』が教えたのかい?ご親切なこった。
りりぃも、ママやってる間は、よそ猫の面倒見もよくなるのかねぇ」
「スミマセン、みなさんのなわばりで、勝手にゴハン食べちゃって…」
「ま、もう残り物だったからね。見つけたあんたのモンってことにしてやるよ。
いい食べっぷりだったけど、どっからやって来たんだい?」
「坂のふもとの、お地蔵さんの祠のところから来たんです」
「けっこう遠くから来たもんだね。で、どこへ行くんだい?」
「山のお寺へ」
「ふうん、じゃ、この石段を昇るつもりかい?」
「ハイ、ねずは、まだらの仏っさまに会いに行くの」
「白線ちゃんは、ねずっていうのかい? ほっほっほっ、みすぼらしい名前だねぇ。
あたしは、キン子。 この辺じゃ、『忍びのキン子さん』って呼ばれてるんだよ」
そう言うと、金色の目の持ち主は、暗がりから姿を現した。
まっ黒でふさふさの長い毛に包まれた、大きな肢体。ねずに比べると、ふた回りほども大きいだろうか。
そのジャンボサイズの身体をふわりと弾ませてひとっ跳びすると、
キン子さんは音もなくねずの目の前に着地した。
「ね、金色の目のキン子さんは、この身体に似合わず身が軽いだろ?だから、忍びなのさ。
で、みすぼらしい白線のねずちゃんは、どうやってこの石段を昇っていくつもりなんだい?」
ねずは、目の前に立ちはだかる石段を見上げた。石段は、一段の高さが五、六十センチほどもある。
このぐらい高さがあると、身体のちいさなねずなら、まず上の段に前足をかけて後ろ足で下の段を蹴り、
一段一段ジャンプする要領で全身を跳ね上げながら昇っていくことになりそうだ。
「一段ずつジャンプして昇ります」
「ほっほっほっ、一段ずつジャンプね!この石段が、いったい何段あるのか知ってるの?」
「百八段・・・」
黒覆面のゾロが言っていた。山のお寺につづく百八の石段は、そんなにかんたんに
昇りきれるものじゃないって・・・。それでも、ねずは昇らなければならないのだ。
どうして昇らなければならないのか、理由はもうなんだかよくわからないのだけれど、
ただどこから湧いてきたとも知れない内なる感情が、ねずに、ここを昇れと命じているのだった。
「今夜は冷え込んでいるから、そろそろ石段の表面に氷が張りはじめてる。あんた、氷の上なんか、
歩いたことないだろ?氷の表面で踏んばって、ジャンプなんかしてるとね、
凍えて冷たくなった肉球の皮が氷にぴったり貼りついて、ボロボロと剥げてくるんだよ。
薄くなった皮がまた凍えて、最後には凍傷になっちまう。
そのあとが治らなくて、歩けなくなっちまう猫もいるんだよ。
それでも、あんたは今夜、この石段を昇るって言うのかい?」
「ハイ!」ねずの決意は固かった。
たとえ足を失うことになろうとも、ねずはいま、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
「本気なんだね」キン子さんの金色の目が、キラリと怪しい光を放った。
「じゃあ、このキン子さんが、とっておきの忍びの術を教えてやるよ。肉球じゃなく、爪を使うんだ。
まず前足の爪を氷の表面にアイスピックみたいに突き刺して、お腹の毛皮を氷の上で滑らせるのさ。
ほら、やってみな」
キン子さんに教わったとおり、ねずは、一段目の石段のできるだけ奥のほうに前足の爪をくい込ませた。
お腹の被毛を石段のヘリの氷に押しあてる。それから後ろ足の爪でちょっと蹴ると、あらあら不思議。
ほとんど力を入れなくても、つるんと上の段に昇ることができた。
「ほら、かんたんだろ?これがキン子さんの極意、『氷の段滑り』さ。
氷の張った夜の石段を百八つも昇るときは、これに限るんだよ。さぁ、とっとと行きな。
この技も、あんまりぐずぐずやってると、爪が冷えて折れてしまったり、お腹から体温を奪われて
意識を失ってしまうからね」
ねずは、キン子さんがしゃべっている間にも、もう次々と石段を昇りはじめていた。
爪をガリッと突き立てては、お腹をつるん。ガリッと立てて、つるん。
何段も昇るうちに、前足の爪がズキズキとうずき、お腹が冷たくて心底寒さが身にしみたけれど、
めざすお寺はもうすぐそこ。
ねずは、一度も休むことなく、とうとう百八つの石段を昇りきった。
~第9章に、つづく~
おはようございます。
頂上へ(お寺)。
次回が楽しみです。
こちら大阪は昨日(8/9)から36度、
今日は37度。
by かずあき (2013-08-10 08:29)
ねずちゃんのその根性に脱帽です!登りきったねぇ・・・
さてその続きは??
by こいちゃん (2013-08-10 09:57)
とうとう登ったのすね!ねずちゃん、頑張ったね!
by ChatBleu (2013-08-10 10:26)
ねずちゃん、大人の猫さんたちに助けられて頑張っていますね
仏っさまはどんな猫なのでしょう。
頂上まで無事にこれてほっとしたので続きは次回、読ませて
頂きます。すてきな物語ありがとうございましたm(^-^)m
by ちぃ (2013-12-19 20:04)
ねず、登り切った!がんばったね、えらいぞ。
なんだかんだ親切な人(猫、ですね^^;)に巡り合えるのはねずの人柄(猫柄、か?)の賜物かな。
by ミケシマ (2020-07-26 15:49)