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その36 [第8章 旅立ち]

 ゾロが行ってしまうと、すぐにねずも旅のしたくをはじめた。

えっ、したくって? もちろんトランクに着替えやなんかを詰めたわけではないですよ。
ねずは、ぼた雪で凍えた手足の肉球をペロペロと舐めてあたため、
大きく伸びをして冷えかたまった全身の筋肉をほぐし、祠からつづく坂道をはっしとにらみつけたのだ。

「ねず、行きます!」自分自身に号令をかけて、ねずは走りだした。
どこまでもつづく坂道を、上へ、上へ、上へ。 山へ、山へ、山へ。
溶けかけのぼた雪でおおわれた路面は凍えそうに冷たくて、
ときおりつるんと滑って足をとられるのだけれど、ねずは四本の足でしっかりと大地を踏みしめながら
寺へとつづく道を駆け登っていった。

 祠から百メートルも進むと、そこから先はもう、ねずが通ったことのない道になる。
・・・知らない場所、すなわちそれは、知らない猫たちのなわばり。

幸いなことにこんな天気では猫たちもなわばりの見まわりなどやめて、どこかぬくぬくとした
寝ぐらで丸まっていそうなものだが、そうそう油断もできない。
猫によっては、見知らぬ猫が寝ぐらのそばを通りがかっただけで飛び出してきて追い散らすような、
ケンカっ早い輩もいるのである。

ねずは走るのをやめて、忍び足で歩くことにした。 道のはしっこを、
用心深くあたりを見まわしながら進む。山に沿って登っていくこの道は、左側に住宅が並び、
右側は崖になっていて、クルマや人間が落っこちないようにと金網のフェンスがしつらえられている。
ねずは、そのフェンス沿いに、身を低くしながら歩いていった。

 だんだん高く登って行くにつれ、フェンスの向こう側には、街の風景が顔をのぞかせはじめる。
そこには、ねずがいままで見たこともなかった人間の街の様子が、
まるでジオラマのように広がっていた。

マグロの缶詰ぐらいの大きさにしか見えない家々や、
せいぜいドライフードの一・五キロ袋ぐらいのビル。そのあい間をぬって、
色とりどりのクルマがまるでネズミみたいに走りまわり、ちっぽけな人間たちが寒そうに
肩を丸めながら歩いている。そろそろ午後も遅くなって、夕暮れまぢか。こんなぼた雪の曇り空では、
そんな風景も、あっという間に夜の闇に包みこまれてしまいそうだ。
ねずは立ち止まり、ブルッとひとつ大きく身震いして、身体に降りつもったぼた雪をふり落とした。


「あんた、どこへ行くのサ」
フェンスの向こうから、声が聞こえた。ねずが驚いて声のほうに視線を向けると、
フェンスのすぐ下につづく切り立った崖の、ボウボウと密集した枯れ草の茂みのなかから、
きらりと光る四つの目が見上げていた。

「あんた、どこへ行くのサ」「行くのサ」

四つの目から聞こえてくる声が、ふたつ。おんなじ声とおんなじセリフがぴったり重なり合って、
まるでユニゾンのように不思議に響きあっている。
目を細めて枯れ草の茂みを透かしてみると、ちいさなふたつの猫影が見えた。

「山の上のお寺に行くんだけど…」ねずは答える。「下から来たの、お地蔵さんの祠のとこから」

ちいさな猫影はふたつの顔をちらっと見あわせ、またねずに問いかけた。
「祠って、なにサ」「なにサ」

「えっと…」ねずは口ごもる。お地蔵さんの祠がナニなのか、ねずだって知らない。
「えっと…とにかく、この坂のずっと下にあるとこなんだけど。なんかおっきな石が置いてあって、
それを囲ってちいさなお家みたいになってんの。ねずは、そこで暮らしてたんだ、しばらくのあいだ」

ふたつの猫影は、なにやらひそひそと話し合っていたかと思うと、茂みのなかからぴょっこりと、
かわいいふたつの頭をのぞかせた。

淡いグレーの縞柄に、くるんと大きく見開かれた黒褐色の目。まだ生後一カ月あまりの
双子のちびすけたちは、まったく見分けがつかないほど瓜ふたつ!
ふたりはピンク色の鼻先を突きだして、まだ生えそろわない短いひげをピクピクと動かしながら、
用心深くねずのニオイを嗅いだ。


  ~その37に、つづく~


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コメント 5

かずあき

おはようございます。
ねず君の冒険のはじまり。
このあとがまた、たのしそうです。

我が家のネコどもは、室温28度で。
去年7月31日に突然壊れて、あたらしくして。
電気代が前年比半額に。(他の電気を含む)
by かずあき (2013-07-13 09:51) 

sarami

ねずちゃん冒険の旅が始まりましたね。
さくらママ・パクのことはつらいけど、誰のせいでもなくて
それでも責任感じちゃってるねずちゃん。
この旅を経験して強くなってくれると信じてます。

by sarami (2013-07-14 10:01) 

morichan

ねずちゃんに、大きな悲しみが2つ。
小さな小さな、ねずちゃんには、どうしていいかわからないよね。
そして、さくらママとパクを思うねずちゃんの、新たな旅立ち。
きっと、たぶん、これが大人への第一歩。
ねずちゃんがそこにいる限り、その中でさくらママとパクは生き続ける。
ガンバレ、ねずちゃん!!

by morichan (2013-07-15 00:39) 

hiro

こんばんは。
さくらママとパク君の死、悲しいことが立て続けに起こったんですね。
ねずちゃんも悲しみでいっぱいだったでしょうが、この文章をお書きになった
のらんさんの心中もお察し致します。

ねずちゃんの旅、どんな展開が待っているのか楽しみにしています。


by hiro (2013-07-15 22:36) 

ミケシマ

新キャラ登場ですね!
今後の展開が楽しみです。
ねず、知らないところまで頑張って来ました。
危険な目に遭わないといいけど…
by ミケシマ (2020-07-26 15:18) 

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