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その35 [第8章 旅立ち]

 「Hohoo!こんな凍える日に、寝ぐらのないヤツがいたとはね」

突然、声がした。
驚いてあたりを見まわすと、通りの向こう側の生け垣のなかに、黒い耳がのぞいている。
黒い耳の持ち主は、ぼた雪が身体に降りかかるのを気にもかけずに、
ひょいと生け垣を飛びだして、ねずのほうへとやってきた。

 その猫は、『黒覆面のゾロ』である。
こういう住宅地のノラにはめずらしく、決まったなわばりをもたない流れ猫で、
近隣の町内をあてどなく流れ歩いている、という噂だ。
ほとんど全身がまっ黒だが、顔のなかだけ、両目の下からあごにかけて
逆三角形に切り取ったように白く、まるですっぽりと覆面をかぶっているように見える。
すらりとやせて、ひらりと身の軽い、黒ずくめの覆面騎士。どこからともなく現れては公園あたりを
うろつき、どこへともなく去っていく黒覆面のゾロは、その風貌のまんまに神出鬼没で唯我独尊。
ゴンやミケねえさんでさえ一目置く怪猫だった。

「おまえ、公園でときどき見かける、白線のチビだな。なんていう名だ?」
「ねず、です」
「ああ、ねずっていうのは、おまえのことか。いま、公園じゃ、おまえの話題でもちきりだぞ。
 なんだって、あん? おまえがヘマしたせいで、パクとかいう鈴付きあがりが死んだって?」

「・・・」ねずは、答えられなかった。うまく言葉がでてこない。

「Hahaan」ゾロは、ねずの目をのぞきこんだ。「で、おまえは、しょげ返ってるってワケだ」
ねずの気持ちなどおかまいなしに、ゾロはつづける。

「だいたい、マヌケな話だよな。クルマに轢かれて死んじまうなんて。
 それも、ドジなガキがヘマしてるのを、わざわざ助けて身代わりになっただなんて、
 笑い話にもならねぇぜ。ま、鈴付きあがりってのは、なんにも知らねぇヤツらばっかりだから、
 クルマに轢かれたら死んじまうってことも、死んじまったらどうなるかってことも、
 わかんねぇんだろ? 死んじまったら、もうおしまいで、うまいメシもナシ。
 ぶらぶら歩きもナシ。乱痴気騒ぎも、ぐうたら寝も、しのび込みも、獲物狩りも、
 おもしろいことはなぁんにもナシだってのによ」

「死んでしまうと、ナンニモなくなるの?」ねずはたずねた。
世の中を知り尽くしていそうなゾロなら、ねずの?に答えを出してくれるかもしれない。

「ああ、そうさ。生きてて、なんぼ。死んだら、それっきり。ま、助かったおまえは、
 ちっぽけな一生を、せいぜいおもしろおかしく楽しめってことさ」

「じゃ、さくらママやパクは、これからずっとナンニモナイの?」

「そ。とにかく、死んじゃったら、その瞬間からナンニモナシ」

「このあとも、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ナニンモナイまんまなの?
 でも、さくらママもパクも、冷たい身体はのこってた。
 そのなかにあった、ぬくもりとか気配とか感情とか、みんなどこへ行っちゃったの?
 もう二度と、戻ってこないの?戻すことはできないの?」

「まぁ、そう突っ込まれると、オレにだってよくわかんねぇんだけどな」
ねずの剣幕に押されて、ゾロはすこしたじろいだ。
「とにかく、死んじゃったヤツの命は、もう戻せねぇと思うよ。冷たい身体はそのうち腐って、
 ポロポロの土くれになってしまうのさ。そんな死体を、オレはいくつも見てきたからな。
 死んじゃった身体にぬくもりが戻った、なぁんて話は、聞いたこともないし見たこともない」

「・・・」ねずは、また悲しくなった。知らず知らずに涙があふれだす。
「じゃ、さくらママやパクのぬくもりは、どこへ行っちゃったんだろう・・・」

「めぇめぇ、泣くんじゃねぇよ。おまえは生きてるんだから、いいじゃねぇか。
 濡れてる手足や腹は冷たいかもしれねぇが、心臓はしっかり動いてるし、ハートはあったかいんだろ?
 そのあったかいハートを、どうにもできない悲しみや後悔で凍えさせないようにしろ。
 野っぱらで生きる猫が、ハートを凍えさせちまったらおしまいだぞ。 メシを食え。なわばりを
 見張れ。日だまりを見つけて昼寝しろ。それが、生きている猫の在り様ってもんさ」

「でも・・・でも・・・」ねずの涙はもう止まらなくなっていた。
誰かに答えを出してもらわない限り、当たり前に生きているあったかい猫になど戻れそうもないのだ。
「ねずは、戻ってきて欲しいの。ナクナッテしまったパクのぬくもりに。さくらママのぬくもりに。
 探せるなら、探したい。どんなことでもするから。どんなところへも行くから」

「う~~~む」ゾロはうなって、考え込むように首をかしげた。
「おまえがそうまで言うのなら、知恵を貸してくれそうなお方がいることはいるんだが」

「えっ、ホント?」涙でぐしゃぐしゃのねずの目に、希望の光がきらめいた。
「じゃ、ねず、そのお方に会いに行く!」

「う~~~む」ゾロの口はなんだか重い。
「そのお方は、ひどく年寄りで変わり者だからな・・・オレさまですら二度しか会ったことがないのに、
 おまえみたいなチンケな猫に会ってくれるかどうか。しかも、最後に見かけたのはもう一年以上も
 前だしな。そもそも、そのお方自身がおっ死んでるかもしれねぇぞ」

「もし会えなくてもいい、がんばって探しにいく」と言い張るねずに、ゾロは渋々ながら
そのお方のことを教えてくれた。そのお方とは、この祠からつづく坂道をずっと上まで登りつめた先、
山の頂きにひっそりと建てられたお寺の境内に住みついている老齢の寺猫なのだという。
名前は誰も知らないが、その猫を知る者からは
『まだらの仏っさま(ぶっさま)』と呼ばれているのだそうだ。

「山の寺に行くには、この坂道を一キロほども登って、さらに百八段ある石積みの階段を
 昇りきらなければならないぞ。仏っさまは境内の奥深くに身を隠しているから、よぉく探さないと
 見つからない。しかも、気の向かない相手だと、絶対に姿を表さないっていう話だ。
 まぁ、おまえみたいなガキに会ってくれるかどうかわからねぇが、
どうしても行きたいっていうのなら、どうぞご勝手に」

 そんな風に言い残して、ゾロは、どこへともなく消えていった。
残されたねずは、もちろん決意していた。
一キロの坂道や(世間知らずの子猫にとって一キロはけっこうな距離ですぜ)、百八の石段なんて、
屁でもない。それよりも、さくらママやパクのぬくもりを取り戻すことができるのなら。
終わりなき後悔と悲しみに、なにかしらの希望を見いだせるなら。

ねずは、千里の道でも恐くないと思ったのだ。


  ~その36に、つづく~


コメント(3) 
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コメント 3

ChatBleu

ねずちゃん、冒険ですね。続きが気になります。
(いつも気になってるけど今回は特に!)
by ChatBleu (2013-07-06 10:16) 

かずあき

こんにちは
by かずあき (2013-07-06 11:10) 

ミケシマ

よかった、ねずに生きる気力が戻ってきた!
死に直面して、死を間近に感じてはダメです。引きずり込まれちゃいます。
ねずに喝を入れるゾロの言葉が力強いです^^
by ミケシマ (2020-06-30 21:26) 

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