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その32 [第7章 悲しき骸]

 ぎゃあ!

 ベランダをのぞきこんだまま、目をそらすこともできずにいたねずの脇で、ちいさな悲鳴があがった。

はじかれたように振り向いたねずの目に、ぶち子の姿が飛び込んできた。
ぶち子は、さくらママの亡骸をじっと見つめながら震えている。
目の玉が落ちるんじゃないかと思うほど大きく目を見開いて、息を詰め、身体をこわばらせて、
その振動がねずの身体をブルブルと揺さぶるほどに激しく震えていた。

 ねずは言葉もなく、ぶち子を見つめた。

ママっこのぶち子。いっしょに暮らしていなくても、ママが大好きだったのに。
ママのことを想うだけで、心がぽっと温められる、そんな大切なお守りだったのに。それなのに、
さくらママは『ナンニモ』なくなってしまって、もうぶち子の呼びかけに応えてはくれない。

「ぶっちゃん・・・」
ねずは、なんと声をかけていいか分からずに、ただただ震えるぶち子の姿を見つめているしかなかった。

 階下では、お姉さんが声をあげて泣きじゃくっている。
女社長もハンカチで目を押さえながら、さくらママの亡骸に話しかける。

「ごめんね、猫ちゃん・・・避妊手術なんかして。捕まえて、病院になんて連れて行かなかったら、
 こんなことにならなかったのに。ベランダで、もうすこし長生きできたかもしれないのに」

「でも、仕方なかったんですよ」川嶋さんがなぐさめるように言った。
「発情したオス猫に、ずっとつきまとわれていたんでしょう?そのままじゃ、絶対に子供が
 できてしまうし、子供ができれば、いくら病気でもこの子は産もうとしますよ。
 ノラ猫にとって出産は命がけですからね。産んだら、子育てもできずに、
 苦しんで死ぬことになったと思うわ」

「ほんとに、しつこく追っかけられてたんです。あの、頭のてっぺんに茶色のぶちがあるオスに。
 だから、猫ちゃん、かわいそうで。だから、避妊してあげればのんびり暮らせるかなって思って・・・」
お姉さんが泣きながら言った。

ねずの耳に、言葉がつきささった。
しつこく追っかけられていた? あの、頭のてっぺんに茶色のぶちがあるオス猫?

「パクだ!!」

ねずが心のなかで思うのと同時に、ぶち子が叫んだ。
ぶち子の震えは止まり、目の奥に怒りの火がともった。

 うぎゃぁぁぁお!

ぶち子はひと声、けだもののような咆哮をあげると、一気に怒りをぶちまけはじめた。

「どうしてよ、どうしてよ、どうしてよッ!どうしてパクのせいで、ママが死んじゃうのよッ!
 どうしてママが、あんな箱のなかで、動かなくなっちゃってるのよッ!
 パクのばかぁ!ママのばかぁ!ぶち子を置いて死んじゃうなんてぇ~!うぎゃゃゃゃ~」

悲しみの感情を怒りにかえて、ぶち子はひたすら叫びつづける。
そして、その矛先は、そばに寄り添うねずに向けられた。

「こんなの、みんな、あんたのせいっ!
 あんたが助けた、あのいやらしい祠猫が、ママにつきまとって、ママを殺したんだ!
 なのに、あんたは、あんなヤツといっしょになって遊びまわって!
 あんたなんて、ママが助けてやったのに!ママのおかげでこのベランダに居られるのに!」

ぶち子の感情は、ひたすら噴火しつづけた。
そして、とうとう、ぶち子はねずの目をにらみつけながら、言い放った。

「あんたがママを殺したんだ!あんたなんか、このベランダから出てってよ!
 もう、あんたの顔なんて、見たくないッ!」

そして、ぶち子は思いっきり体当たりして、ねずをベランダから隣のマンションの裏庭に突き落とした。

 どしん、ザザザザザザ、バキバキ、どすん!

ぶち子に突き飛ばされたねずは、ベランダから飛び出して、裏庭のツバキの木の上に頭からつっこみ、
そのまま根本まで落っこちた。
細い枝や葉っぱのクッションに受け止められたおかげで、どこにもケガはない。
ねずは、ふらふらと立ち上がった。
ぶち子に体当たりされた右肩あたりがすこしズキズキしたが、それ以上に心が痛かった。


      ~その33に、つづく~


コメント(5) 
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コメント 5

ChatBleu

ねずちゃんが悪いんじゃないのに、かわいそう;_;
ぶち子ちゃんの気持ちもわかるけどね。
by ChatBleu (2013-06-15 10:51) 

かずあき

こんにちは
by かずあき (2013-06-15 15:16) 

のの

続きが気になりまーす(><;)
by のの (2013-06-15 21:47) 

こいちゃん

悲しき骸を。。まとめ読みして。。涙出ました。さくらママ病気だったんですね。麻酔のかかったまま痛みもなく亡くなったのが幸いと思います。
ねずちゃんが悪いんじゃないのに、でもぶち子ちゃんの気持ちもわかるな・・続きが早く読みたいです^^;
by こいちゃん (2013-06-21 16:34) 

ミケシマ

悲しいですね…
ねずは、悪くない。ぶち子も、パクも。
手術を頼んだ社長も、手術をした先生も。
命には必ず終わりがあります。
命が尽きるまで、みんな一生懸命生きるしかないんですね。
by ミケシマ (2020-06-30 21:10) 

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