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第14章 そして、明日へ ブログトップ

その70 [第14章 そして、明日へ]

 すがすがしい五月の風が、公園の森を吹きぬける。

老齢の大樹のごつごつした幹や、うっとうしくからまりあった枝々も、いまは芽吹いたばかりの
新しい緑に彩られて、いつもの陰気くさい雰囲気はどこへやら。
まぶしい初夏の日ざしを浴びて、そこかしこに、生命の息吹がみなぎっている。

それは、だれもが足を止めて深呼吸のひとつもしたくなるような、うるわしい朝のひととき。
・・・なのに公園のちいさな広場は、いつもながらの騒々しい朝の喧噪であふれていた。

アイゾウさんやくいしんぼうの黒スケ、ボス気取りのゴン、
ケンカっ早いタマちゃんや三毛ねえさんが、お皿を蹴ちらし、キャットフードの雨を降らせながら、
にぎやかなゴハン・バトルを繰り広げているのだ。

それは、食欲にかられた猫たちの、相もかわらずの無粋な日常。
でも、このところの公園ゴハンには、いままでとはちょっとちがう変化が訪れていた。

 ・・・ 変化? ・・・

 そう、それは、お皿とお皿のあいだをチョロチョロと駆けまわる、ひときわちいさな猫影の存在。
まだ片方の手のひらにでも乗せられそうなちび猫が二匹と、
それよりひとまわりほど大きく成長した子猫が二匹。
大人猫たちの争奪戦をじょうずにかいくぐって、くるくるとあたりを駆けまわっている。

「今年も、やっぱり出てきちゃったわねぇ・・・」
ベンチに腰をかけた女の人が、ため息まじりにそう言った。地域猫ネットワークの川嶋さんである。

「あんなに苦労して捕まえて、せっせと手術してるのにねぇ・・・」
お皿のオバサンが、飛ばされたお皿を拾い集めながら答えた。

「ここに顔を出す猫たちは、もうほとんど手術済みのはずだったでしょ?とくに、メス猫は。
 だから、この春は絶対に子猫、産まれないと思ったんだけど」川嶋さんは、首をかしげる。
「いったいどの猫が産んだのかしらねぇ・・・」

 ねずは、ベンチの裏の茂みにすっぽりと身を隠して、ふたりの会話を聞いていた。

・・・うふふ、とねずはひそかに微笑む。そして誇らしげに、ちっちゃな四つの猫影を眺める。

 ちっちゃな猫影は、もう生後四カ月ほどに成長したりりぃママの双子と、
やっとお乳の時期を終えて公園デビューをしたばっかりのちびっこ兄妹。

そう、ヒメの遺した子供たちである。

『ヒメ太』と名付けられたの男の子は、スコティッシュホールドばりのシルバーグレーの被毛を
ふわふわさせながら、お皿オバサンがよそってくれた缶詰マグロにかぶりついている。
『ヒメッ子』と名付けられたまっ黒の妹は、お兄ちゃんのとなりにちょこんと座って、
ベンチの川嶋さんを不思議そうに見つめている。

その瞳は、まるでヒメとそっくりの美しいコバルトブルー。

ねずは、その深く澄んだまなざしを見るたびにヒメのことを思いだし、きっといまヒメは、
あの子のコバルトブルーの瞳の奥からみんなのことを眺めているのだと、そう思った。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 あの日、ヒメの亡骸を埋めたあと、ねずはまっしぐらにベランダへと向かった。
全速力で坂道を駆けくだり、金網をよじ登る。はぁはぁと息を切らしながらベランダに上ると、
ちょうど朝ゴハンを食べ終わったばかりのぶち子が、満足そうに口の端をぬぐいながらくつろいでいた。

ねずは静かに、ぶち子のとなりに座った。
ぶち子は、「おかえり」とも言わずにグルーミングをつづけているけれど、
ねずはぶち子が自分の帰りを心待ちにしていたことを知っている。
もう、ふたりのあいだには、よぶんな言葉なんて必要なかった。

ねずは、しばらくのあいだ、そっとぶち子に寄り添っていた。

が、どうにもこうにも腹ぺこである。(だって、坂道&石段昇りを三往復もしたんですもの!)
ぜひ朝ゴハンをいただきたいと、ぶち子の足もとのお皿をのぞいて、
ねずが居ないあいだにゴハンの器が変わってしまっていることに気がついた。

いままでの、ふたり分たっぷり盛られていた大皿ではなくて、小ぶりなおひとりさまサイズ。
もちろんそこには、ぶち子用のがひとつ置いてあるだけだ。
しかも、もうぶち子が食べ終わってしまったあとともなれば、お皿にはほとんどなにも残っていない。
ねずはがっかりしたが、それでもこびりついていたカスや汁で当座のお腹をなんとかしようと、
お皿がピカピカになるほどていねいに舐めた。

ちょうどその時、サッシ窓がするすると開いて、お皿を下げに来た窓の人が顔をのぞかせた。

「あら!」窓の人は目をまぁるくしている。
「あら、ねず!あんた、いったい、どこに行ってたの?」

 窓の人は、つくづくとねずを眺め、やがて奥に引っ込んだと思ったら、
またパタパタと慌ただしく引き返してきた。こんどは片手になにかもっている。
それは、ぶち子のと色違いで用意されていた、もう一枚のねず用のお皿だった。

「あんたたち、もうすぐ一歳になるでしょ?そろそろ、すっかり大人じゃない?
だからゴハンのお皿も一枚ずつにしないと、ね」
そう言って窓の人は、ごちそうをたっぷりと盛ったお皿をねずの前に差しだしたのだ。

      ~その71に、つづく~


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その71 [第14章 そして、明日へ]

「でも、かわいいじゃない!
 ほら、こっちの子なんて、まるっきりスコティッシュホールドみたいだもん。
 また、どっかの家で産まれた子が捨てられちゃったんじゃないの?」と、お皿のオバサンが言った。

「そうねぇ・・・でも、ぜんぜん人馴れはしてないみたいじゃない?
 餌はもらうけど、触られそうになると、サッと逃げるでしょ?
 どこかの家で産まれたのなら、こんなに人間を警戒するはずないわよ。
 やっぱり、ノラから産まれて、ノラに育てられた子よ。絶対」 川嶋さんが答える。
 そうして、あきらめたように続けた。
「とにかく、また秋になったら、この四匹は捕まえて手術しなくっちゃ。
 あなたが手なずけてくれれば、みんなかわいいから里親さんが見つかるかもしれないけど・・・」

「そっちの双子はけっこう育っちゃってるから、もうムリかもね」お皿のオバサンが言う。
「でも、こっちのチビたちならまだちいさいし、そのうちなつくかも」

「こんなにかわいい子たち、できれば里親さんにもらわれて、幸せに暮らしてほしいもんだわ。
 この冬も、そこの道路で猫が轢かれちゃったでしょ? 
 あっちのお墓でも、すみっこから干からびた猫の死体がでてきたっていうし。
 そんなかわいそうな猫の話、もう聞きたくないもの」

「あたしもここで餌やりはじめて、そろそろ八年だけど、
 はじめた頃とはずいぶん顔ぶれが変わっちゃったわよ。
 何匹も轢かれたし、あるときからぷっつり来なくなったりした子とかね。
 そういう子は、どっかでひっそり死んじゃったのかなぁって思うけど」

「猫は具合が悪くなると、身を隠しちゃうのよ。それでゴハンも食べられずにガリガリに痩せて、
 見つかる死体はみ~んな骨と皮みたいになっちゃってて。ほんと、悲惨・・・」

「でも、こうやって、またどっかから子猫や捨て猫が現れて、
 結局、餌やりの数はぜんぜん減らないの。むしろ、増えてるかも」

「毎年、毎年、あんなに捕まえて、手術してるのに。まるっきり、イタチごっこだわ!」

「ほんと、キリがないわよね・・・」
ふたりは顔を見あわせて、またまた深いため息をついた。

 広場のすみっこで、お腹いっぱいになった子猫たちが四匹、ころころとじゃれ合っている。
りりぃママの双子がタッグを組んで、ヒメ太を追いつめているのだ。おっとりしたヒメッ子は、
みんなのスピードについて行けずに、後ろのほうからチョコチョコと追いすがっていた。
その姿があまりにもかわいくて、ふたりの人間はついつい見入ってしまう。
・・・そして、やっぱり笑顔になる。

「でも、まぁ、だれかが面倒みてやらないと。あたしも、元気とお金がつづくかぎり、
 餌やりに来るわよ。餌代もバカにならないんだけどねぇ・・・」

「がんばりましょ。ちいさくても命ですもの。
 私たちが見捨てたら、もう、おしまいになっちゃうものね」

そう言ってふたりは立ち上がり、そこいらじゅうに散らかった
お皿やキャットフードの食べ残しを片付けはじめた。

      ~その72に、つづく~


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その72 [第14章 そして、明日へ]

 ベランダに、窓の人がいる。

ふたりの朝ゴハンのお皿を下げにきたのだ。
ほとんどカラになった色違いのふたつのお皿を脇にどけて、ついでに猫箱の掃除をする。
猫箱のなかには、あのシャギーなクッションはもうなくて、
かわりにふわふわのコットンマットが敷かれていた。

 ・・・いいお天気だから、と窓の人はつぶやく。きっとふたりで散歩に行ったのね。
あの子たちのいないあいだに、ちょっとマットの汚れをはたいておきましょう。

猫箱にかがみこんで、なかのマットを抜きとろうとしたとき、かすかにチリリンと鈴の音がした。

 ・・・あら、鈴? 鈴なんて、どうして?

窓の人はマットを箱から取りだして、ちいさな入口からなかをのぞきこんだ。
奥のほうに、なにか首輪のようなものが落ちている。
手を差し入れて拾ってみると、それは薄汚れたピンク色の首輪だった。

 ・・・首輪? どうしてこんなものがあるのかしら? あの子たちに首輪なんて、つけたこともないのに?

安っぽいピンクの首輪は、ベルトがしめられたままの輪っかの状態で、
どうやらどこかの猫の首からするりと抜け落ちたようだ。
古ぼけた金色の鈴がついていて、そっとゆするとチリン、チリンと澄んだ音が鳴る。
窓の人は、どこかに名前でも書いてあるんじゃないかとためつすがめつしてみたけれど、
結局、だれのものともわからなかった。

 ・・・ふうむ・・・と、窓の人は考える。よその猫がここへきて、落としていったのかしら?
 それともあの子たちがどこかから見つけてきて、オモチャにしてたのかしらん?

その首輪は汚くて、もう捨ててしまってもよさそうに思えた。
それでもなんとなく猫箱の奥のほうに、大事に置かれていたような気もする。
窓の人は、あふれんばかりの初夏の日ざしのなかでパンパンとマットをはたいて敷きなおすと、
その首輪を、もういちど猫箱の奥にそっと戻した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ふたりの人間が去ると、公園の広場には、もうだれもいない。
満腹したご近所猫たちはみな、どこかお気に入りの場所を見つけて昼寝したり、
別の餌場でなにかしら違う味わいのゴハンにありついたり、
どこかで面白いものでも見つからないかと、ぶらりとあたりを散策しに行ってしまったのだ。

子猫たちもみな、いまはもう姿を隠している。
双子はあいかわらず仲がよくて、かわいらしいユニゾンで笑い声を響かせながら、
きょうは花壇の探索で忙しい。おととい公園の人がきれいに植えかえていったヒナギクの茂みに
すっぽりと入りこんで、やわらかな土をほじくりかえして遊んでいる。

ヒメ太とヒメッ子は、ただいま食後のおやすみタイム。
道具小屋のすみっこのモップの脇でくっつきあって眠っている。
そばにはりりぃママが寝そべって、やさしいまなざしで見守っていた。

 ・・・やっと大人とおんなじゴハンを自力で食べられるようにはなったけれど、
 子離しには、あともうすこし。まだまだ母親が教えてやらねばならないことが、たくさんある。

ねずは、だれもいなくなった広場のまんなかで、大きくのびをした。
手足を思いっきりのばして、背中をそらし、ぽんぽり尻っぽを左右にふる。
それから口をあんぐりとあけて大きなあくびをひとつすると、
新緑の木々のあいだからまぶしい空を見上げた。

 まっ青に澄みきった五月晴れの空には、ところどころに綿菓子のような薄雲がふわりふわりと
浮かんでいて、その淡く白い影に、ねずはさくらママの美しい姿を思い出した。

てんやわんやのあの夜以来、もう一度もさくらママの声は聞こえてこないけれど、
さくらママはきっといまもねずやぶち子を見守っている・・・流れる雲を追いながら、ねずはそう思った。
ヒメがヒメッ子の、コバルトブルーの瞳の奥からみんなを見ているのとおんなじように。

惜しげもなく降りそそぐ五月の太陽があんまりまぶしくて、ねずは目を細めた。
じりじりとあぶられている背中や頭にも、そろそろ暑さが感じられる。

思えば一年前のこんな季節にねずは産声をあげたのだ。
そして、ひとりぼっちの過酷な夏と、おだやかで満ち足りた秋と、悲しみに閉ざされた冬を過ごした。
ちいさな命のぬくもりに触れた春は、同時に、冷たい冬のおしまい。
悲しみの果てには、また別の、新しい季節がやってくることを知った。

「時は移ろい、命はめぐる。猫も、人も、今生のその命の尽きるまで、懸命に生きねばのぉ・・・
 ふぉっふぉっふぉっ」 まだらの仏っさまの説法が、聞こえた気がした。

ねずは、ゆっくりと立ち上がった。
そろそろベランダに戻って、お昼寝でもしよう。
まぶしい木洩れ日がきらきらと遊ぶ公園の階段にむかって、ねずはぶらぶらと歩きはじめた。

ねずにとって二回目の夏が、もうじきに、はじまろうとしている。

      ~ おしまい (あとがきに、つづく) ~


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あとがき [第14章 そして、明日へ]

最後まで読んでくださったみなさまへ!!!

1年半近く、ぽつりぽつりの連載に、気長におつきあいいただいて、
ほんとうに、ありがとうございました。

熱心に読んでくださっている、ひとつひとつのコメントに感激し、
コメントはなくても、日々のアクセスが少しずつ増えていったことで、
読んでくださっている方がいるんだなぁ、と、うれしい気持ちでいっぱいです。

このお話は、もちろん私がアタマのなかで創りだした空想の物語なのだけれど、
ねずとぶち子は、今日も元気にわが家のベランダで暮らしている、実在のベランダっ子がモデル。
だから、ほんとうの出来事をベースにしている部分もたくさんあります。

たとえば最初の章で、ねずが、小さなカラダからありったけの勇気をふりしぼって、金網フェンスを
よじ登り、さくらママが、その勇気を称えるかのようにベランダに迎えてやったシーンは、
ほとんど私が見たままの描写。 目の前で繰り広げられた猫たちのドラマは、
私の胸にしっかりと刻まれていて、いまでもありありと思い浮かべることができます。
・・・ そして、そのとき、いつかこの場面を書いて残してやろう、と思った。
それから数年が過ぎて、このお話が誕生したわけです。

物語の着想は、ねずが1歳を過ぎた頃の、ある日の出来事にさかのぼります。
その頃はまだ、わが家では犬が暮らしていて、ベランダ猫のねずは、
ほとんど部屋の中に入ってくることはなかったのだけれど、どうしたわけか、その日に限って、
私がベランダにゴハンを出そうと開けた窓のすき間から、ササッと部屋に駆け込んできて、
寝室のベッドの上に丸まると、そのままゴハンも食べずに眠りはじめたのです。

私が「ねず、ねず」って呼びかけても起きようとしないし、犬が騒いでもじっと丸まったまま。
具合でも悪いのか、と思ったけれど、とにかく、ただ丸まってこんこんと眠るねずを起こすのも
気の毒な感じがして、私はそのまま様子を見ることにしました。 ねずは、結局、半日以上
ずっと眠りつづけ、明け方になって、寝ていた私を起こして、ベランダに帰っていきました。

翌朝は、けろりとして、ぶち子といっしょにゴハンを食べ、ふだんと変わった様子などなかったねず。
・・・ あれは、一体、なんだったのだろう?
私はふと、猫にも思春期のゆらぎのような、そんな時期があるのじゃないかしら、と思いました。

 大人への扉を開けるとき、野っぱらで生きる猫だからこそ感じる、ナニか。
 命が生まれる、ということ。 そして、命はついえる、ということ。
 でも、まるで、途切れることのない水の流れのように、
 命は、天から滴り、大地をめぐり、海を満たし、やがて蒸発して、また天へ還る、ということ。
 そしてまた、この世界は、そんな、めぐる命のぬくもりで温められている、ということ。

おっちょこちょいで、お人好し(お猫好し?)で、おせっかいで、食いしんぼうで、
なんだか、ほんわかとあったかい女の子猫・ねずといっしょに、そんなこの世のことわりを
考えてみてもいいかなぁ、なんて ・・・ (^-^)

これは、ねずとぶち子という2匹の猫と出会い、そのあげくに、もっともっとたくさんの
野っぱらに暮らす猫たちと関わることになってしまった、私という人間の、心の物語でも、ある。
読んでくださった方は、ぜひ感想を。・・・ どんなコメントでも、いいから。
この物語を、引き出しの奥に眠らせておかずに、ブログで発表してほんとうによかった。
読者の方がいてくださる。。。それが、これほどにうれしいものだと、私ははじめて知りました。

さて、物語はおしまいになったけれど、このブログはもうすこし公開しておきますね。
また読みに来てくださる方や、もしかして、もう一度読んでくださる方がいるかもしれないから。
・・・そんな方のためにも、しばらくしたら、お話を最初から順に並べ直したいと思っています。

ねずとぶち子の「2回目の夏の物語」を書きたいと思って、大まかな着想だけあるのだけれど、
まだ、そのお話をカタチにしていく、時間的余裕も精神的余裕も、見つけられずにいます。
でも、いつか、書くことができたら、また読みに来てくださいね。

 のらん・筆

最後を飾って、写真を1枚 (^_-)
もうすぐ9歳になるベランダっ子たちだけど、いまでもホントに、なかよしなのです♪

atogaki.jpg


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