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その72 [第14章 そして、明日へ]

 ベランダに、窓の人がいる。

ふたりの朝ゴハンのお皿を下げにきたのだ。
ほとんどカラになった色違いのふたつのお皿を脇にどけて、ついでに猫箱の掃除をする。
猫箱のなかには、あのシャギーなクッションはもうなくて、
かわりにふわふわのコットンマットが敷かれていた。

 ・・・いいお天気だから、と窓の人はつぶやく。きっとふたりで散歩に行ったのね。
あの子たちのいないあいだに、ちょっとマットの汚れをはたいておきましょう。

猫箱にかがみこんで、なかのマットを抜きとろうとしたとき、かすかにチリリンと鈴の音がした。

 ・・・あら、鈴? 鈴なんて、どうして?

窓の人はマットを箱から取りだして、ちいさな入口からなかをのぞきこんだ。
奥のほうに、なにか首輪のようなものが落ちている。
手を差し入れて拾ってみると、それは薄汚れたピンク色の首輪だった。

 ・・・首輪? どうしてこんなものがあるのかしら? あの子たちに首輪なんて、つけたこともないのに?

安っぽいピンクの首輪は、ベルトがしめられたままの輪っかの状態で、
どうやらどこかの猫の首からするりと抜け落ちたようだ。
古ぼけた金色の鈴がついていて、そっとゆするとチリン、チリンと澄んだ音が鳴る。
窓の人は、どこかに名前でも書いてあるんじゃないかとためつすがめつしてみたけれど、
結局、だれのものともわからなかった。

 ・・・ふうむ・・・と、窓の人は考える。よその猫がここへきて、落としていったのかしら?
 それともあの子たちがどこかから見つけてきて、オモチャにしてたのかしらん?

その首輪は汚くて、もう捨ててしまってもよさそうに思えた。
それでもなんとなく猫箱の奥のほうに、大事に置かれていたような気もする。
窓の人は、あふれんばかりの初夏の日ざしのなかでパンパンとマットをはたいて敷きなおすと、
その首輪を、もういちど猫箱の奥にそっと戻した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ふたりの人間が去ると、公園の広場には、もうだれもいない。
満腹したご近所猫たちはみな、どこかお気に入りの場所を見つけて昼寝したり、
別の餌場でなにかしら違う味わいのゴハンにありついたり、
どこかで面白いものでも見つからないかと、ぶらりとあたりを散策しに行ってしまったのだ。

子猫たちもみな、いまはもう姿を隠している。
双子はあいかわらず仲がよくて、かわいらしいユニゾンで笑い声を響かせながら、
きょうは花壇の探索で忙しい。おととい公園の人がきれいに植えかえていったヒナギクの茂みに
すっぽりと入りこんで、やわらかな土をほじくりかえして遊んでいる。

ヒメ太とヒメッ子は、ただいま食後のおやすみタイム。
道具小屋のすみっこのモップの脇でくっつきあって眠っている。
そばにはりりぃママが寝そべって、やさしいまなざしで見守っていた。

 ・・・やっと大人とおんなじゴハンを自力で食べられるようにはなったけれど、
 子離しには、あともうすこし。まだまだ母親が教えてやらねばならないことが、たくさんある。

ねずは、だれもいなくなった広場のまんなかで、大きくのびをした。
手足を思いっきりのばして、背中をそらし、ぽんぽり尻っぽを左右にふる。
それから口をあんぐりとあけて大きなあくびをひとつすると、
新緑の木々のあいだからまぶしい空を見上げた。

 まっ青に澄みきった五月晴れの空には、ところどころに綿菓子のような薄雲がふわりふわりと
浮かんでいて、その淡く白い影に、ねずはさくらママの美しい姿を思い出した。

てんやわんやのあの夜以来、もう一度もさくらママの声は聞こえてこないけれど、
さくらママはきっといまもねずやぶち子を見守っている・・・流れる雲を追いながら、ねずはそう思った。
ヒメがヒメッ子の、コバルトブルーの瞳の奥からみんなを見ているのとおんなじように。

惜しげもなく降りそそぐ五月の太陽があんまりまぶしくて、ねずは目を細めた。
じりじりとあぶられている背中や頭にも、そろそろ暑さが感じられる。

思えば一年前のこんな季節にねずは産声をあげたのだ。
そして、ひとりぼっちの過酷な夏と、おだやかで満ち足りた秋と、悲しみに閉ざされた冬を過ごした。
ちいさな命のぬくもりに触れた春は、同時に、冷たい冬のおしまい。
悲しみの果てには、また別の、新しい季節がやってくることを知った。

「時は移ろい、命はめぐる。猫も、人も、今生のその命の尽きるまで、懸命に生きねばのぉ・・・
 ふぉっふぉっふぉっ」 まだらの仏っさまの説法が、聞こえた気がした。

ねずは、ゆっくりと立ち上がった。
そろそろベランダに戻って、お昼寝でもしよう。
まぶしい木洩れ日がきらきらと遊ぶ公園の階段にむかって、ねずはぶらぶらと歩きはじめた。

ねずにとって二回目の夏が、もうじきに、はじまろうとしている。

      ~ おしまい (あとがきに、つづく) ~


コメント(8) 
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コメント 8

ChatBleu

とうとうおしまいなのですね。
すっごく良かったです。毎週楽しみでした。
本にできますよ、これ。
by ChatBleu (2014-03-22 09:02) 

かずあき

おはようございます。
ハッピーにしめくくっていただき、
感謝します。(それでなくても彼らの人生(猫生)は過酷なのに)

大阪は、来週(月曜)ぐらいから、桜の開花は?
という時期になりそうです。


by かずあき (2014-03-22 09:15) 

テツ

綺麗に掃除された猫小屋のマットの上にそっと戻された首輪。
そのシーンを思い浮かべましたよ。
まさに、初夏のようにさわやかな読後の最終話でした。

野良猫が怪我や病気など自分の置かれた境遇にめげず
ひたすら前向きに生きる姿に癒される人は多いと思います。
そうかと思えば自分の寿命が来たのを悟るとジタバタしないのもいますね。
by テツ (2014-03-22 10:24) 

こいちゃん

こんにちわ。そっと首輪を戻したのは、窓の人の優しさですね。
本当に、本になさってはいかがですか。この次の、あとがきも添えて。
ワタシ、買わせて頂きます!
by こいちゃん (2014-03-22 14:47) 

hiro

こんばんは。またまた久しぶりの訪問になってしまいました。
ヒメの仔猫達は無事に生き延びることができたんですね。良かった。
ねずはまだ生まれて1年だったんですね。立派に成長しましたね。
野良として生まれてきた猫達が強く生きていく姿に感動しました。
皆様もコメントされていますが、ぜひとも本にして欲しいですね。
地域猫への理解も深まるように思います。
これまでとても楽しく読ませて頂きました。ありがとうございます。

by hiro (2014-03-22 23:30) 

のの

(^人^)☆ぱちぱちぱち☆
う~ん* 素晴らしいお話ありがとうございました。
ねずちゃんを主人公に、まだまだシリーズ続けられそうですね。
続編、期待してます♪

by のの (2014-03-26 17:39) 

ryang

毎週楽しみに読んでいました。
パクが死んでしまった回は、時々遭遇する
交通事故のネコを思い出して悲しくなりました。
毎週、ねずの思い、周りのネコ社会を
教えてくれる大人ネコ、成長が、
とっても良かったです。
またお話ブログ、続けてほしいです。
by ryang (2014-04-02 05:12) 

morichan

命とは、かくも尊く愛おしいものですね(^_^)
家の中で、ヌクヌク暖かく、お腹一杯にご飯を食べてる飼い猫たち。
危険と背中合わせながらも、精一杯生きていく外ネコたち。
果たしてどちらの運命を辿るかは、人間の手のひらに委ねられるものかもしれないけれど、どちらも同じく尊い命。
あらゆる猫さんたちへの愛が、一層深まりました!
どうか、みんな不幸な死に合うことなく、命を全うできますように。
のらんさん、素敵なお話を、本当にどうもありがとう。
ぜひ、絵本のような挿絵がある形でも、また読んでみたいっ。
続きも、楽しみ~♬
by morichan (2014-04-20 18:21) 

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