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その33 [第7章 悲しき骸]

 ねずの心に、ぶち子の怒りが、ぶち子の悲しみが、トゲのように突き刺さっている。

パクのせいで、ぶち子の大切なさくらママは死んだのだ。
そして、パクをこの地に居つかせてやったのは、あろうことか、自分なのだ。

そんなつもりじゃなかったのに。さくらママを死なすことになるなんて、考えもしなかったのに。
・・・ねずの目から、涙があふれた。

どうして、こんなことになっちゃったんだろう・・・悔しくて切なくて、涙といっしょに、
抑えきれない感情があふれだした。

 パクに、会いにいかなきゃ。 パクに会って、どうにかしなきゃ。 パクに会えば、きっと、
どうにかなるにちがいない。そんな思いに駆り立てられて、ねずは、無我夢中で裏庭を飛びだした。

 公園へ、公園へ。 パクに会いに、とにかく公園へ。

はやる心が、ねずを急がせる。
あふれた涙はねずの目をかすませ、悲しみでいっぱいになった心が、ねずの耳をふさいでいた。

だから、公園の手前の道路にたどりついたとき、ねずは忘れてしまったのだ。
道路を走り抜ける、魔物のことを。道路を渡る前に耳をすまして、
ブォ~ンって鳴き声がしないかどうか確かめなきゃいけなかったことを。

裏庭からの坂を走り下りてきた勢いで、そのまま道路を突っ切ろうとしたねずの真横から、
いきなり魔物の雄叫びが聞こえてきた。
反射的に目を向けると、狭い道路にそぐわない猛スピードで、真っ赤な魔物がぐんぐんと迫っている。

ヤバい! ・・・とっさに思ったが、もう頭の中はまっ白だった。

そしてパニックに陥ったまま、ねずは、こういう場面で『もっともやってはいけないこと』をした。
ねずは、その場に立ちすくんでしまったのである。

 「立ち止まるな!走れ!」

公園の階段に寝そべっていたアイゾウさんの鋭い叫び声が耳をかすめたが、
ねずは金縛りのように動けなくなっていた。

見開かれたねずの目には、もう、魔物の真っ赤な色しか見えない。

 ドシン!

 大きな衝撃に、ねずは、はじき飛ばされた。
ふわり、と身体が浮きあがる。ねずは、そのまま宙を舞った。まるでスローモーションのように、
自分の身体が空中でゆっくりと一回転するのがわかる。

落ちていくねずの視界に、アイゾウさんの驚いた顔と、もうひとつ、飛んでいく白い物体がかすめる。
その物体は、ねずよりずっと激しく、大きく跳ね飛ばされて、公園の石垣にぶつかって
どさりと地面に落ちた。

 ねずは、歩道にしりもちをついて倒れながら、その光景を見ていた。
地面に落ちた物体は、頭のてっぺんに茶色のぶちのある白い猫。
いまは、鼻と口から血をながして、半分、赤く染まってしまったパクの姿だった。

 魔物に魅入られたように立ちすくんでしまったねずを、間一髪のところで、
公園から走ってきたパクが突き飛ばしたのだ。
そして、身代わりのように、パクが魔物に跳ね飛ばされてしまった。
パクを跳ねた魔物は、二、三十メートル先ですこしスピードをゆるめたものの、
「チェッ、猫、轢いちまったぜ」という捨てぜりふを残しただけで、
またブォ~ンという鳴き声をとどろかせて猛スピードで走り去っていった。

ねずは、しりもちをついたまま、動けなかった。道路をはさんで、地べたに横たわるパクの姿が見える。
パクは、二、三度、ピクピクとけいれんしたあと、全身から力が抜けたように
ぐにゃりと地面にへばりつき、そのまま動かなくなった。

その瞬間、ねずの内側のどこかとても深い部分に、恐れや驚愕やあきらめや悲しみといった感情が
ごちゃまぜになったパクの最期の思念がどっと押しよせて、はじけるように消えた。
そして、静寂。 つづいて、無。 いくら探ってみても、もう、パクにはナンニモナイ。

 公園の階段で一部始終を見ていたアイゾウさんが、パクのそばに駆け寄った。
前足でパクの身体を軽くゆさぶってみる。もちろんパクは、生き返るはずもない。
ふらふらと立ち上がって、道路を渡りはじめたねずに、アイゾウさんは怒鳴った。

「ねず、来るな!」鋭い口調で、ねずを追い返す。
「もう、いい。こっちへ来るな。パクは、死んだ。おまえは、助かった。だから、おまえは帰れ。
 おまえの居場所へ帰れ。ベランダへ、ぶち子のところへ帰れ」

ねずは、もう、どうすることもできなかった。混乱し、動揺し、打ちひしがれて、ねずは
途方に暮れていた。途方に暮れたまま、前に進むことも後ろに戻ることもできずに、
ねずは、道路のまん中で呆然と立ちつくしていた。


      ~第8章に、つづく~


コメント(5) 
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コメント 5

かずあき

おはようございます。
ネコの交通事故は普段も
よく耳にします。
by かずあき (2013-06-22 10:43) 

ChatBleu

パクちゃん、ねずちゃんに恩返しがしたかったんですね、きっと。
でも、切ないなぁ。

by ChatBleu (2013-06-22 13:24) 

yonta*

誰も悪くないのに(走り去った赤い魔物は最低!)、
誰かのせいではけっしてないのに、やりきれないですね・・
でも、どうか自分で自分を責めないでほしいなあと。
by yonta* (2013-06-23 11:23) 

ちぃ

さくらママに続いてパクちゃんも・・
ねずちゃんをかばってくれたのですね。
初めて飼ったモネも捨て猫で引き取ったのですが
車にはねられ病院で治療してもらいましたがダメでした。
ひき逃げされてしまう動物たちも人も同じ命なのに・・って
思い出して涙でちゃいました。
助けられたねずちゃんがパクちゃんの分まで幸せに強く
生きていけるといいですね。
by ちぃ (2013-12-19 19:43) 

ミケシマ

こういうシーンは…耐えられません…
今、号泣です…;;;;
by ミケシマ (2020-06-30 21:13) 

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