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その23 [第5章 公園ゴハン]

 そんな公園ゴハンに、ねずは夢中になった。
とくに他の猫たちと違い、毎日ベランダでお腹を満たすことができるねずにとって、
公園ゴハンは、猫としての闘争本能を満足させる純粋なゲームの場。
ごちそうをひと口と、どきどきするスリルと、年長猫を出し抜いてひと泡ふかせる高揚感。
要領さえつかめば、ちいさくて身が軽いねずは、このゲームに向いていた。

はじめての日からぞくぞくするようなゲームの興奮に魅せられてしまったねずは、それから毎日、
夕方になると公園に通った。三回、四回と回を重ねるごとに、道路を渡ることにもすっかり慣れ、
アイゾウさんの引率も必要なくなった。もうねずは、いっぱしの、野っぱら猫になった気分だ。

 公園に通うようになって五日目、ねずはぶち子を誘ってみた。
「でさ、ゴハンを食べるっていうより、盗りっこがおもしろいの。ねずの得意技は、横っ跳び!
隣のお皿の缶詰を、パッとひと口くわえて、ぴょんって跳ぶんだよ。
でも、跳び方が足りないとダメ。猫パンチが飛んできたりするから」

興奮してしゃべるねずに、ぶち子は引け腰だ。
「でも、大人ばっかでしょ?ゴンとか三毛ねえさんとかさ。なんか、反撃されたらおっかないじゃん」

「でも、アイゾウおじさんや、さくらママも来てるよ」
「えっ?ママも!」

ママと聞いて、ぶち子の声が弾んだ。
ベランダに顔を見せなくなってから、ぶち子はさくらママとほとんど会っていないのだ。
たまに遠いところを歩いている姿をチラリと見かける程度。

「ママに会えるなら、ちょっとコワいけど、行ってもいいかもしれない」と言うぶち子を従えて、
その日はふたり連れで公園に出かけた。

 怖がるぶち子に道路の渡り方を教え(もちろんアイゾウさんの受け売りである)、
いかにも慣れた風に階段を登り、猫列のいちばん上に陣取る。
ちょっとトロいぶち子は、石垣ジャンプに二回も失敗したが、まぁ乗ってしまえば降りるのは簡単だ。
石垣の上であたりを見まわしたが、さくらママの姿は見えない。

「今日は来ないのかな?」
「えーっ、ママに会えるっていうから来たのにぃ」

ぶち子は口をとがらせたが、いないものは仕方がない。しばらく待っていると、
いつものように下の猫群から騒ぎがはじまり、お皿オバサンが登場した。

 その日の猫は、総勢八匹。やや少なめといえる。
お皿オバサンが初顔のぶち子に声をかけ、八枚のお皿にゴハンを盛って配り終えた頃、
白くてきゃしゃな影が、猫の輪のはしっこの方にスッと現れた。

「あっ、さくらママ、来たよ!」ねずの声に、ぶち子はすぐさま反応した。
「ママっ!」

ぶち子の鳴き声は、絶対にさくらママの耳に届いたはずだが、ママはぶち子の方を見ようともしない。
しなやかな足どりでお皿オバサンに近づいて、ゴハンをねだっている。
そして、自分用に出されたお皿に顔をうずめて、平然と食事をはじめた。

ぶち子は、もう、居ても立ってもいられない様子だ。
ママがいる!久しぶりに、こんなに近くに!ぶち子はやおら立ち上がると、
猫の輪の反対側にいるさくらママのところへ駆けだしていった。

「ママっ」ぶち子は、食事をしているママの背中に駆け寄った。
後ろから小走りに近づいて、子供の頃のように頬っぺたを、ママの背中にペタンとくっつける。

と、その瞬間。

シャーッ!!!という強い威嚇の声とともに、さくらママの牙がぶち子の片耳をとらえた。
「ナニするの!これはあたしの食事だよ!」

ギャッ!驚いたぶち子は、跳んで後ずさった。
噛まれた耳に、すこし血がにじんでいる。ぶち子は震えあがった。噛まれたから、ではない。
それ以上に、ママから拒絶されたショックで、深く傷ついた目をしていた。

「だって、ママ・・・あたし、ゴハンが欲しいんじゃなくて。
だって、ママにずっと会ってなかったから。ここならママに会えるっていうから・・・」

ぶち子は泣きべそをかいて、その場に立ちつくした。
さくらママは、そんなぶち子に目もくれず、黙々と食べつづけている。

 その他の猫たちは、ママと娘の久しぶりのご対面シーンなど興味ゼロ。
おなじみのゴハン・バトルに忙しい。ねずの横に置かれていた、
ほとんど手のつけられていなかったぶち子のお皿も、すでにタマちゃんの手に渡っている。

反対側から見守っていたねずは、猫たちの喧噪をかわしながら、ぶち子のそばへ歩み寄った。
鼻先で、ぶち子の震えるおでこにそっとタッチして、血のにじんだ耳を舐めてやる。

「ぶっちゃん、もう帰ろう」ねずは声をかけた。「ベランダで、ゴハンが出てくる時間だもの」

ふたりは連れだって、とぼとぼと公園をあとにした。
ベランダには、もうお皿が置かれていて、いつものゴハンの心やすらぐ匂いが立ちこめていた。
ふたりは、とりあえず公園での出来事は忘れて、いつものゴハンをお腹いっぱい食べた。

「きっと、お腹がすいてたんだよ」ねずは言った。
「それか、あんなところでぶち子に会うと思ってなかった、とか」

「うん」ぶち子は同意する。「あそこ、暗かったしね」そして、もう、すっかり機嫌を直している。
「だって、ママが、ぶち子のこと噛むわけないもん。ママはやさしいんだもん。あったかいんだもん」

そして、ふたりは、明日なにをして遊ぶと楽しいか、なんてことを思いつきっこしながら、
シャギーなクッションに抱かれてぐっすりと眠ったのだ。

でも、ぶち子はそれっきり、もう二度と公園ゴハンに行こうとはしなかった。
・・・ねずがいくら誘っても。

~第6章に、つづく~


コメント(6) 
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コメント 6

ChatBleu

外猫の掟なのでしょうね。
そうしないと強く生きていけないもの。
ぶち子ちゃん、可哀想だけどガンバレ!
by ChatBleu (2013-04-13 13:12) 

かずあき

おはようございます。
自宅そばの、打上公園に姉妹とその母親が
生活しているのですが、おんなじです。
とくに、母親が嫌がって、威嚇をよくします。
by かずあき (2013-04-14 03:58) 

yonta*

ぶっちゃん、勇気を出して公園に行ったのにね・・(T_T)
でも、ほんとのさくらママは、やさしくてあったかい。
そんな思い出があるのも、ねずちゃんみたいにママの思い出が
ないのも、どちらもせつないなあ・・・
by yonta* (2013-04-14 09:06) 

morichan

あぁ。。オトナの世界だわぁ~。
ねずちゃんが公園で感じたワクワク感って、
夜遊びを覚えた青春時代思い出した。わかる、わかるわぁ~。
そして、ぶっちゃんの、ママとの再開。
これは同じママでも、スナック経営する、やさぐれママを想像してしまった(笑)
うーん、どうなる、どうなっちゃう??
by morichan (2013-04-14 21:59) 

hiro

こんばんは。
またまた久しぶりの訪問になってしまいました。
いつの間にか、ねずちゃんが立派な野良に育っていますね。
ぶち子ちゃんも生きていくために強くならないといけないとはいえ、せつないお話です…。


by hiro (2013-04-14 22:13) 

ミケシマ

ねずちゃんにとっては公園のゴハンは楽しいゲームなのですね^^
ぶっちゃんはかわいそうだったなぁ…;;
野良ちゃんの悲しい宿命…
大好きなママに拒絶されて、ぶっちゃん。。切ないです(T0T)
by ミケシマ (2020-06-22 22:44) 

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