SSブログ

その22 [第5章 公園ゴハン]

 アイゾウさんはさっさと行ってしまったけれど、ねずは、石垣の上ですこし躊躇していた。
初めての人間、そして、不気味な行進。・・・あの隊列に、いきなり加わってもいいものだろうか?

ねずは、目の前をみんなが通り過ぎてしまってから、ゆっくりと石垣から飛び降りた。
そして、行進からすこし距離をおいて、目立たないように後を追った。

 行進の終着点は、階段を登りきったところにある、ちいさな広場の片隅である。
広場といっても、丘の斜面を段々畑のようにけずって、むきだしの黒土の地面を平らにしただけの
スペースだが、古ぼけた外灯の下にベンチがひとつ、ひっそりと置かれている。
女の人は、もってきた袋をベンチの上に置いて、なにやらガサガサと取りだしはじめた。

まず出てきたのは、大量のお皿である。
コンビニのお惣菜などに使われている、プラスチック製のトレーだ。
色もカタチもまちまちのトレーが、そう、二十枚ほどもあるだろうか。
それが、ふたつあったビニール袋の片方にぎっしりと詰められていた。

「あれま、お皿のオバサンだ・・・」
その様子を、ベンチからすこし離れた生け垣に隠れて見守っていたねずは思った。

次に、もう片方のビニール袋が開けられた。かたずをのんで見守る猫たちが、一斉に息をのむ。
ビニール袋から取りだされたのは、缶詰が五個と、ドライタイプのキャットフードの
一・五キロ入り袋がひとつ。そして、プラスチック製のスプーンだった。

すべてのものを取りだしてベンチの上に並べると、お皿オバサンは、ぐるりと猫たちを見まわした。

「イチ、ニ、サン・・・ぜんぶで十二匹!
まぁ、みんな、今夜はよく集まったねぇ。こりゃ、缶詰が足りないよ」
そんなことを言いながら、お皿オバサンは、もってきた五個の缶詰をひとつずつ開けはじめた。

パカン。缶詰が開くと同時に、マグロの水煮のかぐわしい匂いがあたりに広がる。
十二匹の猫軍団は、もう、じっとしてなどいられない様子だ。
ニャーニャー鳴いて催促するヤツ、ベンチに飛び乗ってまだ開いていない缶詰を奪おうとするヤツ。
できるだけオバサンの近くに陣取っていち早くゴハンにありつこうと、小競り合いがいくつも起こる。

「ほらほら、黒スケ、だめじゃなーい!開いてない缶詰は、食べられないよ。
あっ、コラ、茶々丸!ゴンとケンカしちゃだめよぉ」

お行儀の悪い猫たちを適当にさばきながら、オバサンは缶詰のマグロをお皿によそい、
その横にドライタイプのキャットフードの粒々をざくっと盛りつけていく。
ひと皿に、スプーンに山盛り一杯のマグロ缶と、ドライフードをひとつかみ。
それが、全部で十二皿。
めいめいの猫が、ちゃんと自分のお皿で食事ができる計算である。
オバサンは、盛りつけたお皿を一匹一匹の前に置いて歩いた。

 ほんのしばらくの静寂。生け垣にひそんだねずの耳に、ペチャペチャ、カリカリ、
猫たちのゴハンを食らう音だけが聞こえてくる。

ぐうう!ねずのお腹が鳴った。
もう我慢の限界である。ねずは生け垣を飛び出して、ベンチの下にもぐりこみ、
オバサンを見上げてミャアとちいさく鳴いた。

「あら、もう一匹いたの!あんた、見かけない子だねぇ・・・初めてきたの?」
オバサンは、しゃがみ込んでねずの顔をしげしげと眺め、
耳のしるしを確認すると、得心したようにうなづいた。

「ははん、あんた、川嶋さんが言ってたベランダの子だね。ねずちゃんって言うんだっけ?
ホントに顔に白線があるんだねぇ、うふふふ、変わった顔。
あんた、道路渡って、ここまで来れたんだ。
ちょっと待ってな、いま、あんたの分もこしらえてあげるから」
そんなことを言いながら、オバサンは、十三枚目のお皿に缶詰と粒々を盛りつけて、
ねずの前に差しだしてくれた。

 ねずは、夢中でお皿に顔をつっこんだ。
ベランダで出されるいつものゴハンとはひと違う、新鮮な匂いが食欲をそそる。
おいしい!ねずが、缶詰マグロをひと舐めして、その味わいを口のなかで楽しんでいたとき、である。

なにか黒い影がサッと近づいたかと思うと、お皿のマグロの塊が半分消えていた。

「へへへ、もーらいッ!」細身の黒猫が、ねずのマグロをくわえて、一メートルほど先に立っていた。

「もうっ、黒スケ!だめじゃない、他の子のを盗っちゃ」
お皿オバサンは怒ったけれど、もう後の祭りである。
黒スケと呼ばれたその猫は、ほんのひと口で、ねずのマグロをぺろりと平らげた。

ねずがその様子をぼうぜんと見ていると、今度は、お皿に金茶色のアタマがつっこまれた。
そのアタマの主は、ぐいぐいと遠慮もなくねずを押しのけて、
残っていたマグロの半分を食べてしまった。

ほんの、まばたきしている間の出来事である。ねずは、仰天してあたりを見まわした。

すると、さっきまで自分のお皿でお行儀よく食べていたはずの猫たちが、
そこかしこでゴハンの争奪戦を繰り広げていた。
アイゾウさんがゴンの皿に手を出そうとして猫パンチを食らっている。
三毛ねえさんは礼儀知らずのタマちゃんに向かって逆毛をたて、
たったいまねずの皿からマグロを食べた茶々丸は、もう、さくらママの隙をうかがっている。

お皿オバサンは、「ダメじゃない!」を繰り返しながら、
「ホラホラ、欲しいなら、まだあるから」と言って、残っていたマグロの缶詰を猫たちの皿に
つぎたしていくのだが、その『おかわり』を巡って猫たちの興奮はさらにヒートアップした。

 「ゲームだ!」ねずは思った。

最初にそこそこお腹を満たしたら、あとは、ぐずぐずしているヤツのお皿からごちそうをかっさらう。
すばしっこくて知恵のまわる者が勝ち、ぼんやりしているヤツが負け。
うまくかっさらっても、相手が強ければ報復されるキケンもいっぱいだが、
そんな攻撃をうまくかわして逃げ切れば、してやったり!その日は意気揚々と寝ぐらに帰って、
満ちたりた眠りにつけるのだ。

~その23に、つづく~


コメント(5) 
共通テーマ:blog

コメント 5

yonta*

ふふふ、お皿オバサン(笑)。
ちょっと妖怪の名前っぽい??(ごめんなさい)でも、
にゃんこたちが、ほんとにそう呼んでそうで、いいネーミングですね♪
ベランダっ子にとって、やっぱり公園レストランは戦場かも・・
by yonta* (2013-04-06 14:41) 

こいちゃん

第5章『公園ゴハン』一気に読ませていただきました❤
ちょこちょこ読まずにまとめて読む方が面白いっす(笑)
相変わらず、ねずちゃんの目線からのお話がすごくいいですっ
のらんさん。。。作家さんですか!
これ本にしたらいいと思います❤
by こいちゃん (2013-04-06 15:02) 

ChatBleu

公園ゴハンも争奪戦なのねー。
実際にそうなんでしょうね。大変な様子がうかがわれます~。
by ChatBleu (2013-04-06 16:21) 

のの

ふむふむ・・・・。
情景が目に浮かぶようです(^^)
by のの (2013-04-06 20:51) 

ミケシマ

臨場感のあるごはんの戦い!!
だよねー、そうなるよねー、がんばれねずちゃん!負けるなー^^
うちはミケがご飯の催促に来て、茶碗にカリカリを入れると
どこからともなくシマが現れて…(2匹は同じ茶碗で食べてます)
シマが先に食べる。ミケはそれをじっと待つ…
という構図が定番です^^;
うちの子たちは公園デビューは無理だな…
by ミケシマ (2020-06-16 23:46) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

その23その21 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。