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その5 [第2章 ふたり暮らし]

 ねずがベランダの住人になって、そろそろ、ふた月が過ぎようとしている。
十月になるとあたりはめっきり秋の気配に包まれて、
猫たちにとっても、おだやかで暮らしやすい季節がやってきた。

 八月の終わりにはじめてベランダに上がってから、ねずは、すぐにぶち子と仲よしになった。

 最初の日こそ、ツンツンとねずをじゃま者扱いしていたぶち子だが、
だいたい同じ年頃でもあり、兄妹もいないぶち子にとって、ねずはちょうどいい遊び相手である。
さくらママもそう思ったらしく、二匹を好きなように遊ばせていた。

 生後四、五カ月の子猫は、ふつうなら兄妹たちとコロコロとじゃれあったり、追いかけっこを
することで、猫としての身体能力を高め、狩りの本能を目覚めさせなければならない。
ひとりっ子のぶち子には、
そういう経験も、いままではずっとさくらママが相手になってさせてやらなければならなかった。
でも、ね。やっぱり大人の猫にしてみれば、
「そうそういつも子供の相手ばかり、しているワケにもいきませんもの」(さくらママ談)

 ねずとぶち子が仲よくなって、一週間ほど過ぎた頃。

子猫たちだけでも朝・晩のゴハンの合図を見逃さず、食いっぱぐれのないように
きちんと行動できたり、ベランダでくっつきながら二匹でひと晩を
無事に過ごせるようになったのを見計らったように、
さくらママは、ある日突然、ベランダから引っ越していった。

 「『子離し』です」さくらママは、きっぱりと言った。
 「あの子たちは、もう、独力で生きていける年頃になったのだから」

 そんなふうに言い残してさっさと出ていってしまったのだけれど、
さくらママには、とても暮らしやすいこのベランダに自分自身がとどまって、
「別のなわばりを探しなさい!」とぶち子を追いだしてしまう選択肢もあったはずだ。
・・・でも、さくらママはそうしなかった。
それはたぶん、ぶち子が彼女のはじめての子供だったからだ。

甘やかされてる?うん、甘やかされてる!
だからぶち子は、さくらママが行ってしまったあとも、ずーっとわがまま子猫のままだ。

「あたし、ママ、いるもん!」っていう具合に。

   ~その6に、つづく~


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その6 [第2章 ふたり暮らし]

 遅ればせながら、ねずとぶち子の『猫となり』を、ここでちょっと紹介しておこう。

 ねずは、キジ猫。濃淡の褐色に黒の縞がまざって、
ほんとうにキジの羽のような色合いの毛並みがつやつやと光って美しい。
毛足は短いが、なめらかでビロードのような手ざわり。
頭から胴体、尻っぽの先まで、ほぼ全身がキジ縞柄だが、胸からお腹はまっ白。
四つ足も、先っぽに白いソックスをはいているみたい。
尻っぽはわずか五センチほどしかなく、それがふさふさとしたキジ縞の毛でまん丸く覆われていて、
まるでお尻にポンポリがくっついているようだ。
丸顔にピンと立った耳、くるくるとよく動くオリーブ色の眼。
そして、なにより特徴的なのは、まるで白の絵の具をひと筆すっと走らせたように、
鼻先を真一文字に横切る一本の白線だ。

ちっちゃくて、敏捷で、顔のまんなかに白線が引かれたポンポリ尻っぽの子猫。
それが、『ねず』という猫だ。

 ぶち子は、いかにも日本猫らしい三毛である。
全身が、茶と黒と白の大ざっぱなまだら模様に染められ、
ご先祖のどこかに長毛種でもいたのだろうか、やや長めの毛がふわふわとして可愛らしい。
尻っぽはすらりと長く、ポンポリ尻っぽのねずには、ちょっとうらやましい。
長い尻っぽをゆらゆらと優雅にくねらせ、するりと身体に巻きつける仕草は、
美猫に見える条件のひとつだ。
でも、ぶち子はぶち子で、ねずのポンポリが気になっている。
だって、そんなヘンちくりんな尻っぽの子、どこ探したっていない。

ぶち子の最大の特徴は、顔のなかほどにど〜んと大きく目立っている『黒いぶち』である。
正確には、黒いぶちは、鼻筋の中心線から左側、
左目のまわりに顔の半分をおおうぐらいの大きな半円形を描いている。
つまり、ぶち子は、顔の右半分が茶色くて、左半分がおおむね黒いのだ。
顔の右と左で、見た目の違う子・・・
ぶち子がとても気まぐれで、ついさっきベタベタしてきたかと思うと、
いまはもうプイとよそを向いて知らん顔するような二重人格(猫格?)的性格なのは、
きっと左右ふたつの顔をもっているせいだ、とねずは思っている。

 ぶち子は、五月の半ばに、まさにこのベランダで生まれた。
母親は、さくらママ。父親は、不明。
ま、ノラの世界では、父親の欄に名前がある方がめずらしい。
母親がはっきりしているだけ幸せというものだ。

 ともあれ、顔のまんなかに白線のあるポンポリ尻っぽのねずと、
左右ふたつの顔をもつ三毛のぶち子は、さくらママが引っ越していったあとも、
ベランダでくっつきながら暮らしていた。

 まるで、生まれついての姉妹のように。

   ~その7に、つづく~


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その7 [第2章 ふたり暮らし]

 この頃の二匹の暮らしぶりは、だいたい毎日、こんな感じだ。


【シーン1:朝のベランダ】

ねず「ぶっちゃん、ぶっちゃん、もう朝ゴハンの時間になるよ」
ぶち子「うー、まだ寝る〜」
ねず「ほら、お皿の合図!ねずは、もう行くよ」
ぶち子「ZZZ」
ねず「うふふ、寝ぼすけぶち子の分も食べちゃお」(独白)
ぶち子「ちょっとぉ、アンタ、食べ過ぎよぉ!」
   効果音:ガブリ(耳をかじる音)
ねず「うぎゃぎゃぎゃぎゃ」


【シーン2:お昼のベランダ】

ねず「ねぇ、ねぇ、ぶっちゃん。今日はどこで昼寝する?」
ぶち子「うーんと、下の草むら、かな?」(これは、茶色い方の顔での答え)
ねず「じゃ、いつものホウキ草のところ?」
ぶち子「やっぱ、ヤメた」(これは、黒い方の顔での答え)
ねず「えー、じゃ、どーすんの?」
ぶち子「教えな〜い」(黒)
ねず「もう、いい。ねずは、散歩にいくから」
ぶち子「やっぱ、あたしも、散歩にいこーかなー」(茶色)
ねず「もう、ぶっちゃんとは別行動にする」
ぶち子「げろげろのゲ」(黒)


【シーン3:夕立のベランダ】

   効果音:ザァー!(どしゃ降りの雨音)
       ピカッ、ゴロゴロゴロ(雷)

ねず「わっ、また、ピカピカ!」
ぶち子「・・・・」(縮こまって、ひたすら震える)
ねず「え〜ん、怖いよぉ」
ぶち子「・・・・」(ますます縮こまって、じわじわとねずの後ろに回り込む)
ねず「ちょっとぉ、ぶっちゃん、押さないでよぉ」
ぶち子「・・・・」(ねずを全面に押し出して、ねずを盾に身を隠す)


【シーン4:真夜中のベランダ】

ぶち子「ねずちゃん、もう、寝た?」
ねず「ZZZ」
ぶち子「なぁんか、ぶち子、眠れないんだけどぉ」
ねず「ZZZ」
ぶち子「こんなとき、ママなら、抱っこして寝てくれたんだけどなー」
ねず「ZZZ」
ぶち子「そうだ♪ ねずちゃんのぷっくりお腹を枕にしちゃお」
ねず「ううう、ぐるじい・・・」


 ふたりが暮らす三階のベランダから、柵ごしに鼻を突きだして見下ろすと、
ねずが隠れていたお地蔵さんの祠が見える。
夏のあいだねずが身を隠すのにちょうどよかった青々と密生する夏草の茂みも、
いまは枯れ色にしおたれて、ススキの穂がゆらゆらと風にそよいでいる。
ベランダに上がってきた当初こそ、ときおり祠を見下ろして、なにかしら思いを深めていたねずも、
もう、あの頃味わっていたギリギリの感情を思い出すことはない。

居てもいいと許された住処と、毎日必ず用意されるお腹いっぱいのごちそうと、ぶち子という相棒と。

大切なものをみっつも手に入れたねずは、いま、とても幸せだった。

『幸せ』は、そこに『ある』ことが当たり前になってしまうと、その存在を見失ってしまう儚いもの。
そして『それ以上』を望んだとき、もう『幸せ』ではなくなってしまう脆いもの。
・・・だからこそ、ねずちゃん、心して。いま、このときを、生きなさい。

    ~第3章に、つづく~

ささやかな連載に、いつも心温かいコメントをいただき、ありがとうございます。
ひとつひとつのコメントにお返事いたしておりませんが、うれしく、胸熱く、読ませていただいております。
お話は、これから、ちょっとずつ展開していきます。また、来年もぜひ、続きを読みにいらしてくださいね。 by のらん


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その8 [第3章 エロの季節]

「おまえ、鈴付きか?」

 ある日、見かけたことのないオヤジ猫が、じろりと横目でねめつけながら話しかけてきた。
ゴミ捨て場で、ねずが、シュークリームの空袋と格闘していたときだ。

 その日はお天気がよかったので、ねずは、ひとりでぶらぶらとゴミ捨て場を散策にきたのだ。
ゴミ捨て場に来てみると、収集時間のあとに出されたゴミ袋がひとつあって、
それをちょうどカラスが解体してくれている最中だった。

カラスのことはすこし怖いので、脇にひそんで待つ。カラスは、鋭いくちばしで
上手にゴミ袋を引き裂き、ぴょんぴょんと跳ねながら袋を引きずって中身をあたりにぶちまけた。
そして、そのなかから、いちばんのごちそうと思われる食べかけの菓子パンを選んで、
すぐにバサバサと飛び去っていった。

 カラスが行ってしまってから、ねずは、ゆっくりと残りのゴミを検分した。
なるほど。カラスが長居しなかったのもうなづける。あとは紙くずや古着のようなものばかりで、
食べられそうなものは、見あたらない。・・・でも「!」
 ねずの嗅覚が、紙くずの下にかすかな甘い匂いをキャッチした。

「BINGO!」

 ガサガサと探ってでてきたのは、シュークリームの空袋ひとつ。
もちろん、中身のシュークリームはもうないが、つぶれてはみ出たらしいカスタードクリームが、
空袋の中にたっぷりとくっついている。
・・・鼻をくすぐる、かぐわしいバニラの匂い。
ねずは、鼻先で袋の口を押し開いて、ペロリと舌をのばした。
卵と牛乳がたっぷり入ったクリームの、なんと甘くておいしいこと!
ねずは、すっかり夢中になった。鼻先で押し開いた袋の開き口あたりのクリームは、
すぐさま舐めつくしてしまったのだが、ピッタリとくっついている袋状のビニールの奥に
ベッタリと残っているクリームにはどうにも舌がとどかない。
あきらめきれないねずは、いっそ、ビニールごとくいちぎって食べてしまおうかと考えていたのだ。

「おい、白線」こわもてのオヤジ猫は、ねずに、そう呼びかけた。
「おまえ、なぁ~んも知らんのだな。鈴付きだろ」

 鈴付き、というのは、どこかのお宅の飼い猫という意味だ。
ほんとうに首に鈴がついてなくても、飼い猫ならば鈴付きと呼ばれる。
鈴付きか、鈴付きじゃないか。・・・どうも、ノラたちにとっては、それが重要らしい。

「えっと・・・鈴付きじゃない、です?」ねずは、なんだか自信がない。
なんてったって、最初は、鈴付きだったのだから。

「じゃ、鈴付きあがり、だな。もとは鈴付きの捨てられ組だろ?ちがうか?」
オヤジ猫は、すべてお見通しだといわんばかりに決めつけた。(当たってるけど)
「おまえ、ビニール食うと、死ぬぞ」

 たしかにビニールは、動物たちにとってかなり危険なシロモノである。
たとえばカスタードクリームのようなごちそうがベッタリ付着している場合、
ビニールの脅威を知らない未熟な猫は、たいていは『ビニールごと』ごちそうを食べてしまう。
胃袋に収まっても消化しないビニールは、そのまま各消化器官をうまく通りぬけて、
ウンチとなって排出されてしまえば問題はないのだが、
往々にして胃の幽門部や小腸や大腸につまってしまう場合も多い。
オヤジ猫の言うとおり、「ビニール食うと、死ぬ」危険性は低くはないのだ。

       ~その9に、つづく~


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その9 [第3章 エロの季節]

 ねずは、驚いた。ビニールのことも初耳だが、
こんなふうに話しかけて仲間扱いされたのは初めてだ。ねずは、まじまじと、オヤジ猫を見た。

でっぷりと太った、白黒ぶちの大猫。片目に古傷があり、いかにも百戦錬磨、といった風情だ。
当然のごとく、首に鈴はない。
それなのに片方の耳に、キラキラと緑色に光る、きれいな何かがついていた。
・・・それは、一粒のビーズのピアスだった。

「おじさんは、鈴付きなの?」ねずは聞いた。

「HA!」オヤジ猫は、あきれたように鼻を鳴らす。
「オレさまが、鈴付きかって?」小ばかにしたように首をふった。

「オレさまは、もう八年もここいらあたりを渡り歩いている、生粋のノラだ。
 一度たりとも鈴付きだったことなんかないね。『片目傷のゴン』ったら、おまえ、
 となりの町内まで名の知れたボス猫さまだぞ。ま、おまえみたいに、
 昨日今日、野っぱらに出てきた小娘が知らんっていうのもしょーがないがね」

「じゃ、耳につけてるのは、なに?」
ねずは、オヤジ猫には似合わない、きれいな緑のキラキラが気になっている。

「これか?」ゴンは、ピアスの耳をぴくりと動かしながら言った。
「これはな、ま、一種の教訓だな」

「きょうくん?・・・教訓ってなに?」

「覚えておかなきゃいけないこと、って意味さ。ビニールの教えと同じようなものだ」

「何を覚えておかなきゃ、いけないの?」

「都会のノラの宿命。もしくは、人間のご都合主義、か」ゴンは、訳知り顔で言う。
「ま、おまえみたいなガキんちょには、まだぜ~んぜん分からんだろうが、
人間さまの領域でオレたちが生き延びていくためには、それなりの代償が必要ってことよ」

 ゴンが言っていることは、ねずにはちんぷんかんぷんだ。
ねずはただ、ゴンが耳を動かすたびに光を反射してキラキラと光る、緑のビーズに見とれていた。
自分も、そんなキラキラ、欲しい!ねずは、そう思った。

「それで、耳のキラキラは、どうすればもらえるの?」

「HA!」ゴンは、またバカにしたように鼻を鳴らした。
「おまえ、このキラキラが欲しいってか?まあったく、この世間知らずの小娘が。
 『どうすればもらえるの~』だと?キラキラのしるしの意味も知らずに、よく言ったもんだぜ。
 これだから、鈴付きあがりとは付き合っちゃらんねー、っつーの」

「もったいつけてないで、教えてやんなよ」ねずの後ろから、突然、別の声がした。

      ~その10に、つづく~


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