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その62 [第12章 命がきえる]

 あくる日、そのまたあくる日と、
お彼岸の中日が近づくにつれてお墓参りの人間たちはますます増えるいっぽうである。

 今年はたまたまお彼岸の中日が月曜日にあたり、人間たちは土曜からかぞえて
春分の日の祝日となるお彼岸の中日までたっぷり三連休。ここ一週間はいいお天気にもめぐまれて、
家族みんなでぶらりとお墓参りに出かけるには絶好のお日和である。
というわけで、土曜も日曜もちいさな子連れのグループが楽しげなピクニック気分で、
とっかえひっかえ大勢やってきていた。

 とはいえ、ねずが観察したところによると、
お墓参りの人間が増えていることはそれほど大きな問題ではなさそうである。 ヒメの隠れている
お墓やすぐそばのお墓に参る人間さえいなければ親子が見つかる心配はほとんどないし、
彼らはさほど長居することもなく、二、三十分もすれば帰っていくのだ。
ただし、やっかいなのは子供たちである。 大人たちはわが家のお墓の掃除をし、
花やなんかを供えたらお線香を焚いて、ちょっと拝んでそれでおしまい。
墓地のなかを不必要にうろつくこともない。 でも、お墓の掃除や先祖のお弔いなんかに
てんで興味のないチビどもは、大人たちがお墓を清めているあいだ墓地のなかを
嬌声をあげて駆けまわり、墓石の列でかくれんぼしたりする。
実際に、ヒメのお墓のすぐわきで追いかけっこする子供たちもいて、ねずをヒヤリとさせた。

 それでも、お墓参りの人間たちは、ねずにとってご利益となることもある。
墓地の入口にはテーブルとベンチがあって、そこでお弁当やおやつを楽しむ家族もいたのだ。
ぽかぽかとあたたかいお昼どき、青空の下でのんびりと過ごしている人間たちは、
たいていはとても寛大な気分。遠巻きに様子をうかがいにきた猫たちを見つけると、
食べものを投げてくれる人間も少なくなかった。

「あらー、猫ちゃん、お腹すいてるの?」
「鉄火巻きのまぐろ、食べるかな?」
「わさびがついたままじゃ、ダメよ!とってあげなきゃ」
そんな会話のあと、ぽんぽんと放り投げられる刺身やかまぼこやソーセージや玉子焼きを、
目ざとく集まった数匹の猫が奪い合う。
ねずは、うまうまと一片のマグロと玉子焼きを頂戴することができた。

さすがにマグロはその場ですぐに食べてしまったのだが(まぁ、鮮度が命ですし)、
玉子焼きは食べずにくわえてヒメのところへこっそりと運ぶ。
人間や、さらにはハイエナのような他猫にも気取られないように、お墓の外周をひそかにまわった。

「ヒメ、これ、食べなよ」子供を抱いて横たわるヒメの口元にそっと置く。
「ありがとう」ヒメは礼儀正しくそう言って半身を起こし、
玉子焼きをすこしかじったが、半分も食べないうちにやめてしまった。

 子供を産んでから、丸三日。日を追うごとにヒメは元気を失っていた。 あれほど美しかった
毛並みはぼそぼそに乱れ、いたましいほどにやつれて、手足も力なく投げ出されている。
まだついたままのピンクの首輪がもうゆるゆるで、ちょっと首を傾ければ抜け落ちてしまいそうだ。

 子供たちにも変化があった。産まれたばかりのときは産毛のカタマリにしか見えなかった赤ちゃんが
三日もたつとひとまわり大きくなって、ちょっとは猫らしい姿になりつつある。
なかでもシルバーグレーの仔はひときわ大きく、動きがぐんと力強くなった。
まっ黒な仔も、シルバーグレーの仔と競い合うようにちゅくちゅくと元気にお乳を吸っている。

気になるのはヒメそっくりの銀鼠色の仔である。
もともとその仔だけ身体がちいさく見えていたが、三日たってもほとんど成長していないようだ。
見ていると、ほかの仔たちがお乳を吸っているあいだもその仔だけ乳首をくわえていなかったり、
くわえていてもお乳をしっかり吸えていないことも多い。
兄妹がもつれ合っているときも、その仔はじっと目を閉じたまま動かないでいるのだ。

「この仔、なんだか元気がないね」ねずはヒメに言った。
「そう、お乳を飲むチカラが弱いんです。でも、わたくしには、どうしてあげることもできない・・・
 わたくしがこんなふうに具合が悪いから、お乳の出もよくないようですし」
 ヒメは悲しそうに答える。そしてその仔の自分とそっくりの銀鼠色の産毛をやさしく舐めてやった。

眠っていた子猫は母の愛撫にこたえてくるんと寝返りをうち、
甘えるようにヒメの胸にしがみついたが、その動きさえもなんだかたよりない。

「ヒメもまだ、具合が悪いの?」
「ええ。でも、子供たちのためにしっかりしなくちゃ、と思っているのですよ。
 もうお産から三日たちましたからね。そろそろ子供たちが眠っているあいだに、わたくしも
 栄養補給にでかけなければいけない時期なのです。
 今日はねずさんからいただいたこの玉子焼きを食べて、明日の朝になったら、
 入口の餌場に行ってみようと思います」

ヒメはそう言ってせいいっぱいの笑顔を見せたけれど、
それでもヒメのコバルトブルーの大きな瞳には不安の色が隠しきれない。
自分がダメになること、それは、子供たちを死なしてしまうこと。
すくなくともあと四、五週間、自分がなんとか生きのびて子供たちにお乳を与え、
自力でゴハンを食べられるまでに育ててやらなくては。

ヒメは自分自身にそう言い聞かせながら、くじけそうな心を支えている。
この子たちを育てられるのは、自分だけ。野っぱらの猫には、孤児院も赤ちゃんポストもない。

 ねずはもう、かける言葉が見つからない。
こんなに弱っているヒメがひときれの玉子焼きを食べたからといって、いきなり元気になるとは
とても思えない。それでも母親としての強さを見せるヒメを、ねずはいたましく思った。

 そろそろ太陽が傾いて、一日が終わろうとしている。
いつのまにか人気がなくなってしまった墓地に、一羽、また一羽とカラスが集まりはじめた。
お墓参りの人数が増えるとともに、カラスの数も確実に増えている。
おとといの対決を思い出してねずは不安になった。

なんとしても寝ぐらを移さなければ。
明日、もしほんとうにヒメがすこしは元気になって、朝からゴハンを食べに行けるようなら・・・
いや、もしそれが無理でも、ねずが引きずってでも引っ越したほうがいい。
ねずは、またうとうとと眠りはじめたヒメの横顔を眺めながら、心のなかでそう思った。

 二匹の猫と、三匹の子供たち。
墓地の片隅のうらぶれた墓石の裏側にひっそり身を隠す五つの猫影を、夕闇がやさしく包みはじめる。
すっかり暗くなれば、もう、カラスには見つからない。
それでもねずの頭の上、まだうっすらと茜色がのこる
夕暮れどきの空を、気の立ったカラスたちがカァーカァーと騒ぎ立てながら旋回していた。

       ~その63に、つづく~


コメント(5) 
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コメント 5

こいちゃん

やっぱり、一人は育たない子がいるんですよね。。
ヒメちゃんも弱っているし、大丈夫かな。。心配です
by こいちゃん (2014-01-11 09:01) 

かずあき

こんにちは
やっぱり悲劇が待ってますね。

パウチだけは、ニャン専門で
不思議と、サンもウルフも興味を示しません。
ご飯は3人のものです。
by かずあき (2014-01-11 11:20) 

ChatBleu

弱い子っているんですよね。
まだ先が恐いです。。。。
by ChatBleu (2014-01-11 20:29) 

のの

1匹だけ毛色や毛並みが違うと、
他の子猫たちから攻撃されて力尽きちゃう子もいるんですよね・・
旦那さんの実家の猫もそんな感じで、真っ黒猫ばかりの中、
珍しく可愛い柄がいるなと思うと、大きくなることなく虹の橋を渡っちゃう・・

ヒメちゃん・・・どうなっちゃうのか・・・
by のの (2014-01-12 09:21) 

morichan

切なくなってしまいます。
でも、知っていたようで知らなかった、
外ネコさんたちの、強い生命力とたくましさはには感動させられてしまう。
縁あって我が家に来てくれた黒猫2匹も、
もしかしたら、こうした自然界で生きていたかもしれない。
そう思うと、より一層、愛おしさが込み上げてきます。

うーん!
ますます、ヒメちゃん、ねずちゃんに目が離せないよぉ~(^_-)
by morichan (2014-01-13 12:42) 

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