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その11 [第4章 試練]

ガサガサガサ----------
ベランダに、誰かがやってきた。まさに、草木も眠る丑三つ時。
ねずもぶち子も、おでことおでこをくっつけあって、ぐっすりと熟睡していたときのこと。

「YO!」ねずの耳もとで、声がささやく。
「YO、起きなよ。月がきれいだよ」

 声の主は、アイゾウさんだった。
アイゾウさんというのは、さくらママのお兄さんで、つまりは、ぶち子のおじさんにあたる。
まだ二歳になったばかりの、すらりとハンサムな青年猫。毛並みはスマートな黒×白で、
背中は黒、お腹は白。頭から左右対称に、両目にかかるぐらいの黒ぶちが下りていて、
人間でいうと、ちょうどセンター分けの髪型のような感じだ。

男のセンター分けは別名『スケベ分け』ともいうが、さて、アイゾウさんはいかがだろうか。

 アイゾウさんは、ときどき気が向くと、ぶらりとベランダをのぞきにくる。
ぶち子の様子など見がてら、お腹が空いているときは、ふたりのごはんをつまんでいったりもする。

そこいらの若いオトコのようにギンギンと男気をふりかざしたり、乱暴なふるまいをすることもなく、
いくらお腹が空いていても、ふたりが食べている最中に、子猫をおしのけて横取りするような
下品な真似もしない。

 やさしくて面倒見がよく、ぶち子などは、生まれた頃からよく遊んでもらったものだ。
こわがりで、神経質で、たいていの猫と上手くつき合えないぶち子も、
アイゾウさんのことは大好きなのだ。
だから、ねずも自然と、気立てのいいアイゾウさんの姪っこのような気分でいた。

「起きなよ、ねず」アイゾウさんは、前足でそっとねずを揺り起こす。
「う~ん、眠いよ。なぁに?」ねずはちょっと頭を上げて、寝ぼけ眼でアイゾウさんを見た。

 いつもおっとりとしたアイゾウさんが、その夜は、なんだかすこし違って見える。
どこがどう、というわけではないが、ソワソワと落ち着きがないような?
だいたい、どうして、こんな真夜中にねずを起こしにきたのだろうか?

「いいから、いいから。ちょっと出ておいでよ」

 「出ておいで」とアイゾウさんが言っているのは、
ねずたちが寝ぐらにしている『猫箱』から出ておいで、という意味だ。
猫箱は、このベランダの持ち主である窓の人が、ふたりのために置いてくれたものである。
幅八十センチ、奥行きと高さは五十センチぐらいの頑丈なプラスチック製で、
どうも、本来の使い道は『犬用のケージ』らしい。

 アイゾウさんに出ておいで、と言われて、ねずは、起き上がった。
寝ぼけているせいで、ぶち子のお腹を踏んづけてしまったが、ぶち子は「う゛~」と
ひと声唸っただけで、またぐっすりと眠ってしまった。
猫箱から顔をだしたねずに、アイゾウさんはズリズリと頬っぺたをすり寄せてくる
猫同士が鼻先や頬っぺたをすり寄せあうのは、まぁ、ふつうの挨拶ではあるのだけれど
今夜のアイゾウさんのはちょっとディープな感じもする。ねずは、なにやらイヤ~な予感がした。

「なんか用?」
「用とかじゃないんだけど、ね。へへへ」アイゾウさんは、不気味にテンションが高い。
「ホラホラ、あの月!まんまるで、すっごくきれいじゃないか」

 そう言いながら、ねずをベランダのなかほどへと誘いだす。
たしかに、まんまるで美しいお月さまだった。ふっくらと黄色くて、シュークリームみたい・・・

ねずの口に、十日ほど前に味わったカスタードクリームの甘美な思い出がよみがえってきた。
あぁ、あのカスタードクリームをもう一度・・・でも、あのカスタードクリームには、
忘れちゃいけない教訓があったんじゃなかったっけ・・・

えっと、それは『ビニール食べちゃダメ』ってことと、もうひとつ。
なんだか、もっと大切な教訓があったような?

 ねずが、そんなことに思いを巡らせていたとき、である。
アイゾウさんが、いきなりねずの首筋をガブリと噛んだ。

「ぎゃー、やめて」

ねずはびっくりしてもがいたが、アイゾウさんは、ねずの首筋をしっかりくわえて離そうとしない。
そして、そのままねずの身体を押さえ込んで、ねずのうえに馬乗りになろうとした。

「ひゃー、なにするのよぅ」
「ヤラセロ!」アイゾウさんは、ねずの首筋をくわえたまま言った。

 だがアイゾウさんが言葉を発したとき、ほんの一瞬、首筋をくわえる力が甘くなった。
ねずは、その瞬間を見逃さず、すっと身をひるがえしてアイゾウさんの下から抜けだした。

    ~その12に、つづく~


コメント(6) 
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コメント 6

yonta*

「ぎゃー、やめて!」
読んいる私も・・^_^;
いつもはやさしいアイゾウさん、本能のせいとはいえ、
(なんか月も出てるし)
まだ若すぎるねずちゃんには大変な試練。逃げろ~!と応援。
by yonta* (2013-01-20 09:25) 

morichan

コラーーッ、 アイゾウ!!(←あえて呼び捨て)
ナニするんじゃーーーっ!!
アイゾウYO~。キミの「スケベ分け」スタイルは、伊達じゃなかったかぁ。残念。
by morichan (2013-01-20 22:03) 

hiro

こんばんは。
ずいぶんとお話が進んでいて、一気に読ませていただきました。

ねずちゃん、逃げて逃げて~。
by hiro (2013-01-20 22:05) 

popoki

いやーん、なんて展開!
ねずちゃん、逃げてーーー!
by popoki (2013-01-23 10:33) 

のの

うちの周りにの猫たちの中にメス猫は見受けられないのですが・・
オスばかり縄張り争いしてる声が聞こえてきます(^^;)
まだまだ小娘のねずちゃん、この後どう成長していくかが楽しみです(^^)
by のの (2013-01-24 08:16) 

ミケシマ

まぁ… そうなるよねぇ…
アイゾウ… まぁ オスだもんねぇ…
しょうがないよねぇ…本能だもんねぇ…
でも、に、逃げて!ねずちゃん!!
by ミケシマ (2020-05-18 18:15) 

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