SSブログ

その13 [第4章 試練]

 ピンポ~ン。
そんなある日のお昼過ぎ、ベランダのお宅の呼び鈴が鳴った。

 誰かが訪ねてきたのだ。窓の人が玄関のドアを開けて応対している。
猫箱のなかで昼寝していたねずは、まだ半分ぐらい眠ったまま、耳だけスイッチオンにした。
玄関先の人間たちが、猫にごちそうでも出してくれる気になったとき、
うっかりその気配を聞き逃してしまっては大損なので。

「こんにちは」

「ハイ、どちらさまですか?」

「わたくし、『地域猫ネットワーク』という活動をしている川嶋という者ですけど、
突然おじゃましてごめんなさい。いま、すこしお話させていただいてよろしいかしら?」

「はぁ、大丈夫ですが・・・」

「あの、お宅、ベランダに猫がいますよね?」

「あっ、ハイ、あの・・・四月頃に、ノラ猫がベランダで子猫を産んじゃって・・・
それで、子猫だけ置いて親猫はもう居なくなっちゃったんですけど、
そのかわりって言うんだかなんだか、あっちに捨てられてた子猫が上がってきちゃって・・・」

「お宅で飼ってらっしゃるの?」

「いや、あの、飼ってるっていうか・・・なんとなく面倒は見てるんですけど。
あの、ウチは、家の中で犬を飼ってるものですから、猫を入れるわけにもいかなくて・・・」

「で、ベランダで面倒を見てらっしゃるわけね?猫は二匹?」

「はぁ、そうです」

「お宅で産まれた子は、四月産まれっていうと、そろそろ七カ月ね。もう一匹はどのぐらい?
 で、オスですか、メスですか?」

「どっちも女の子みたいです。産まれた時期も、たぶん同じぐらいだと・・・」

「そう、生後七カ月のメスが二匹、ね。このところオス猫が来てるでしょ?」

「あ、来てます。夜中とか、大騒ぎになっちゃって・・・」

「そうでしょうね、もう七ヶ月になったら、メス猫はいつ発情してもおかしくないから。
このままだと、また子猫、産まれちゃいますよ」

「はぁ~~~~、困りますよねぇ」

「そうでしょう?だから今日、お訪ねしたんですよ。あなた、『地域猫』って聞いたことあります?」

そして、地域猫ネットワークの川嶋さんは、次のような話をした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ひと昔前、世の中がもっとのんびりしていた頃は、猫は家のなかと外を
自由に出入りさせながら飼うのが当たり前でした。

ごはんは飼い主の家で食べるけれど、あとは勝手気まま。
たいていの家には、床下やお勝手口などに猫専用の出入り口があって、出かけたいときに
ぶらりと外出し、てきとうに戻ってきて、気がつくとお座布団の上でまあるくなっている・・・

そんな暮らしぶりが、猫が猫らしくいられる飼い方だったのです。

ホラ、近所を歩けばいろんな猫がぶらぶらしていて、それが飼い猫でもノラ猫でも、
誰もあんまり気にしなかったし、自分の家の庭先でどこかの猫が遊んでいても、
ことさらに目くじらを立てる人もいなかったでしょう?
それが、時代がかわって町がどんどん整備されて、野っぱらや空き地もなくなって、
住宅街がどんどん小ぎれいに整理整頓されはじめてから事情がかわってきたんですよ。

「隣の猫がウチの庭をほじくりかえすから困ってるんです、せっかくガーデニングしてるのに」
「あそこの公園は猫がたむろしてて、不潔!ひっかかれるかもしれないし、
安心して子供を遊ばせられないわ」なんて苦情がくるようになって、
猫を外で自由に歩きまわらせておくと、ご近所の方とトラブルが起きるようになったの。

それに、クルマ社会も問題!自動車に乗る人が増えて、住宅街の細い道でも、
けっこうスピード出して走っているでしょう?
いまは、交通事故で死んでしまう猫がとっても増えているのよ。

とにかく「ご近所に迷惑かけちゃいけない」というのと「クルマにひかれちゃうから」という理由で、
いま、都会では『猫は家の外に出さない』という室内飼いが浸透しはじめているんですよ。
それはいいことだと思うんだけど、でも外で暮らしているノラ猫は、まだまだいっぱいいるでしょ?
それは、なぜだと思う?結局、捨てられる猫がいっぱいいるからなの!

捨てられた猫たちは、身を隠せるような自然のある場所に住みついて生き抜こうとするのね。
昔なら野っぱらや空き地があったから、住処を見つけるのにも苦労しなかったんだろうけど、
いまはそういう場所が少なくなっちゃいましたからね。だから、公園とかお寺の境内とかお墓とか、
そういう場所に集まってくるのね。そうでなければ、寛大に猫を住まわしてくれる家の庭先とか。
お宅のベランダみたいに、ね。

とにかく、捨てられたって猫ですもの、彼らはたくましいのよ。
捨てられた我が身の不幸を苦にして自殺した、なんて猫の話、聞いたことないでしょう?
でも、いくらたくましいったって、生きていくには食べものが必要よ。
お腹を空かせた猫たちがやせ細ってうずくまっていたら、助けたくなるのが人情じゃない。
で、猫好きの人間たちがやってきて、公園やお墓や駐車場でノラ猫にごはんを与えはじめるの。

すると、近くに潜んでいた猫たちは、「ここならごはんをもらえる」って、
その場所にみ~んな集まってくる。・・・そうすると、どうなると思う?
またまた、町の衛生管理局に苦情がくるのよ。
「裏の公園で、猫にエサをあげる人がいて困るんです。エサがばらまかれて不潔だし、
いつも猫が集まってうるさくて・・・」「あそこの駐車場はノラ猫の住処になってるから、
保健所で処分してもらえませんか・・・」あの、説明するまでもないと思いますけれど・・・
 (ここで川島さんは、ひと呼吸おいて言った)
『処分』っていうのは、殺してしまえということですからね。

世の中には、猫が好きな人もいれば、猫が嫌いな人もいます。
ノラたちが可哀想だからって、エサを与えているだけでは、解決できない問題なんです。
でも、公園の猫たちがノラになってしまったのは、もともとは捨てられたからなんですよ。
捨てられた猫から産まれて、代々ノラとして繁殖している猫も含めて。
捨てたのは人間なんだし、なにより、猫だってなんだって、それは命でしょう?
せっかくこの世に生を受けた命なんだもの、まっとうさせてやりたいじゃないですか。
それで、『地域猫』という考え方が生まれたんです。

いまその地域にいるノラ猫たちは、近所の人や猫が嫌いな人にも理解を求めながら、
迷惑をかけないように面倒を見る。
たとえばエサを与えるにしても、公園や路上に置きっぱなしにせず、
きちんと後かたづけをして清潔にするとか、そういうルールを守っていくことも必要なんですけどね。

でもいちばん大切なのは、ノラ猫が、その猫一代限りで終わるようにすることなんです。
ノラ猫同士で繁殖して、またノラとして生きるしかない子猫を増やしてしまわないように、
きちんと去勢や避妊をしてあげなくちゃ。・・・私たちは、そういう活動をしているんですよ。

      ~その14に、つづく~


コメント(2) 
共通テーマ:blog

コメント 2

yonta*

子どもの頃、家に犬と猫がいましたが、
犬は庭の犬小屋にいて、猫は家を出入り自由なのが当たり前で。
(にゃんこは、網戸を勝手に開けて入ってきて・・
 無駄と思いつつ、閉めてよ、って言ってました^_^;)
でも、これから先、我が家で猫と暮らせる状況になったら、
やっぱり室内飼いにするだろうなあ。
by yonta* (2013-02-03 13:11) 

ミケシマ

猫の受精は100%ですもんね。
短期間で別のオスと交尾したら、父親が別の子も一緒に妊娠しちゃう。
そりゃ一気に増えますよねー。
わたしたちは猫が大好きだけど、嫌いな人もたくさんいますからね。
自分ちの庭が野良ネコのトイレになってしまったら、猫好きでもちょっと迷惑でしょうしね。。
猫と人間との共存が難しくなっているのが現代、ってことなのかな。
by ミケシマ (2020-05-18 18:32) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

その14その12 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。