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その14 [第4章 試練]

「で、どうですか?お宅の二匹、避妊していただけます?」川嶋さんは、熱弁をこう結んだ。

「はぁ、そうですねぇ。ウチとしても、子猫が増えるのは困りますから…
でも、避妊ってどうすればいいんでしょう?
あの、毎日ごはんをあげてるんで、私のことを怖がったりはしてないようですけど、
手で触ったりとか、抱き上げたりとか、そういうことはぜんぜんできないと思うんですよね」

「そうね、人間が手で捕まえられない猫の場合は、ふつう『捕獲器』を使うのだけど」

「あの、『捕獲器』って、どういうものですか?」

「捕獲器っていうのは、まぁ、罠みたいなものですよ。金網でできた箱で、なかに食べものを
置いておいて、猫が入ってそれを食べるとバネで扉が閉まって出られなくなる仕掛けなの。
人からごはんをもらい慣れてる猫なら、たいてい捕まるわね。
もちろん、私たちで用意してお貸ししますよ」

「はぁ~、罠ですか・・・でもなんか、それってあの子たちへの裏切り行為みたいですよねぇ…」

「うふふふ、『裏切り』って、あなた、その子たちを可愛がっていらっしゃるのね。
たしかに、ちょっと荒っぽいやり方かもしれないけど。
でも、どうなの?捕獲器を使わないで、捕まえられそうなの?」

「えーっと、あの、いま猫たち、ベランダに置いた猫箱のなかで暮らしてるんです。
その猫箱っていうのは、ウチの犬が昔使っていたケージなんで、
扉を閉めれば閉じこめられちゃうんです。いまはジャマになるので扉は外してあるんですけど、
もう一度取り付けるのは簡単なんですよ。
それで、あのふたり、いっしょに猫箱のなかで寝てることが多くて。
このごろは、そんな時に私がちょっとベランダに出ても気にしないっていうか、
そのまま寝ててぜんぜん起きなかったりするので、そーっと扉を閉めれば
捕まえられそうな気もします」

「あら、それはいいわ!」川嶋さんは声を弾ませた。
「やっぱり捕獲器だと、猫を怖がらせることになっちゃいますからね。
それに、二匹いっぺんに捕まえるのが理想よ。
一匹逃がしてしまうと、警戒して捕まらなくなることもよくあるから。
じゃ、捕まえるのはお宅におまかせして、こっちはさっそく手術の予約をしなくては。
日にちを決めて、その日の朝に捕まえていただいて、お昼前ぐらいに病院に連れていって、
手術するのはその日の夜。一泊入院させて、帰ってくるのは翌日という段取りになります。
病院に連れていくのと、次の日連れて帰るのは私たちのスタッフがやりますから安心してください。
でも、手術の費用はお宅の負担になりますけど、よろしいですか?」

「はい、それはウチでもちますが…」

「ごめんなさいね。私たちもボランティアでやってるから、みんな持ち出しなのよ。
でも、ありがたいわぁ!こんなふうに、すんなり協力していただけて。
手術の費用を出してくださいってお願いすると、『えっ、それならやめます』っていう人も多いのよ。
ノラ猫を集めてエサだけあげて、栄養状態のよくなった猫たちが繁殖して、
どんどん増えちゃってるのに平気な人!そんな人のせいで苦情が増えて、猫たちのことを
真剣に考えている我々のような人間まで、白い眼で見られたりするのよ。
エサだけあげてれば可愛がっていると思っているような人は、ほんとうの猫好きじゃないんですよ」

「はぁ…」

「とにかく、お宅がいい方でよかったわ。私たちの活動を支援してくださっている病院に
お願いするので、手術の費用は、通常より割安になりますから」

「あの、それで手術のあとは、どうすればいいんですか?」

「一週間分ぐらい抗生剤が出るから、飲ませられるなら、飲ませてあげて。ごはんに混ぜれば、
食べちゃうと思うけど。それに、開腹したあとを縫うのには溶けてしまう糸を使うから、
抜糸は必要ないの。でも、お腹の毛を剃らなきゃならないので、寒くなっちゃうと思うのね。
だから、できれば暖かい敷物なんかを用意してくださるといいんだけど…」
川嶋さんは、そこまで言って、ちょっと考えてから続けた。
「ところで、子猫たち、避妊がすんだらどうします? 
またこのベランダで面倒を見ていただけるのかしら?もし人になつくようなら、
里親を探してあげるのが最善の方法なんだけど…。
でも、片一方はノラから産まれてノラに育てられた子でしょう?
そういう子は、なかなか人が飼えるように馴らすのはむずかしいのよね」

「あの、ウチとしては、このベランダにいてもらってかまわないんですよ。
それに、ふたりがあんまり仲がいいんで、一緒にここで暮らすのがいいんじゃないかな、って思うし。
いまは犬がワンワン吠えちゃうんでムリなんですけど、ゆっくり時間をかけて馴らしていけば、
ふたりが家のなかに入ってきても平気になるかもしれないし」

「私たちも、このベランダで、お宅に面倒を見ていただけるなら安心だわ。
では、手術の日にちを決めましょう。来週の水曜日あたりはどうかしら?」

 けっこうな長い時間を費やして、玄関先の密談は終了した。
で、お昼寝中だけど耳だけ澄ましていたはずの、ねずの様子はどうだろう?

 ZZZ…やっぱりね。
食べものが出される気配も、おいしそうな匂いも、なぁんにもしてこない
人間たちのヒソヒソ話など熱心に聞き入るはずもなく、川嶋さんがお話をはじめて
五分としないうちに、ねずは、やすらかな眠りのなかに戻ってしまっていた。

 あぁ、ねず、なぁんにも覚えていられない、気の毒なほどちっぽけなその脳ミソ。
あのとき、ミケねえさんは、なんて言ってたんだっけ?
「エロノ季節ニナッタラ、『地域猫』トイウ言葉ニ気ヲツケロ」って、
教えてくれたんじゃなかったっけ?

せっかくの警告もすっかり忘れて、大切なキーワードを聞き逃すなんて!
でも、あの百戦錬磨のゴンだって、人間さまの罠を逃れることなどできなかったのだもの。
ベランダでぬくぬくと眠るちびの子猫たちが上手に立ち回ろうなんて、
ちゃんちゃらおかしいってもんだよね。

    ~その15に、つづく~


コメント(3) 
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コメント 3

morichan

川嶋さん。実に段取りがよろしい。
テキパキと、要点もらさず説明してくださってる。
ねずちゃんが眠くなっちゃうのも、無理ないよね~。
さて、窓の人は川嶋さんの期待に答えるべく、事を終えられるのだろうか。
ねずちゃん達の反応は?
我が家のニャンズ達の、エロの季節を思い出すなぁ。
by morichan (2013-02-10 19:43) 

yonta*

そうかあ、女の子はお腹を切るのに毛を剃るから、
お腹冷えちゃうんですね・・
川嶋さんのお話、私もふむふむと聞き入ってしまいました。
by yonta* (2013-02-12 23:49) 

ミケシマ

大切なキーワード、聞き逃しちゃったね^^;
でもこれが最善の方法だと、人間であるワタシは思ってしまう。
ねずちゃんぶち子さん本ニャンたちからしたらどうなのかな…
やっぱり自然の摂理に反することだから、嫌なのかなぁ…
by ミケシマ (2020-05-26 16:54) 

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