その15：人間さまの手のひら：SSブログ

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その15　[第4章試練] [編集]

　運命の水曜日がやってくるまで、ベランダの暮らしにこれといって変化はなかった。
･･･ただ日曜日に、猫箱にジャマな扉がついたことを除いては。

その扉は外に向かって開ける仕組みで、開け放っておいても猫たちが
ちょっとぶつかったりするだけでパタンと閉まってしまう。取りつけられたその日は、
夜になってぶち子が閉めてしまって、ふたりとも猫箱に入れなくなる事態も引き起こされた。
　（窓の人がそれに気がついて、扉がかんたんに閉まってしまわないようにヒモで
　　結わえてくれたので、閉めだしはひと晩ですんだけど）

スチールの格子でできた扉には留め金具がついていて、それを前足でいじると
カチャカチャ音が鳴って面白かったので、しばらくはカチャカチャとふたりで夢中になって
遊んだけれど、それもじきに飽きてしまって、水曜日の朝ともなると、
扉はもうそこにあることさえ忘れてしまうほど日常の一部となっていた。

　その朝は、いつもよりすこし早く、六時半頃にベランダの窓が開いた。
夜中にまたまたアイゾウさんと茶太郎がやってきてひと悶着起こしていったせいで、
ねずもぶち子もすっかり寝不足である。
六時半には、ふたりはまだ猫箱のなかでくっつきあって眠っていた。
窓の人はその様子を確認すると、お皿を手にもったままベランダに出てきた。

ちょっと前まで、ごはんのお皿は窓越しに差しだされてベランダの床に置かれるのが
常だったのだけれど、この一週間ほど、なぜだか習慣が変わり、窓の人がベランダに出てきて
お皿を猫箱のまん前に置いていく。
最初はねずもぶち子もすこしとまどって、こわがりのぶち子などは逃げ出してしまっていたのだが、
ま、べつに何が起こるというわけでもない。　二、三日もするとこの方式にすっかり慣れて、
ふたりで猫箱に入って待ったりもするようになっていた。

だからこの朝、窓の人が出てきて猫箱の前にお皿を置きながらしゃがみ込んだときも、
ふたりはくっつきあった寝姿のまま半目を開けて、その様子をぼんやりと眺めていただけだ。
すっかり寝ぼけていて、ごはんを食べるよりまだ眠っていたかった。
窓の人はお皿から手を離すと、「ごめんね」と小声で言って、猫箱の扉をそーっと閉めた。

　カチャン。訳がわからないうちに、扉の留め金具がかけられた。

「？？？」寝ぼけ眼だったねずとぶち子の瞳孔が、すこし広がった。
スチール格子の扉の向こうに、すまなそうな窓の人の顔が見える。

　ぱさり。･･･猫箱をすっぽり覆うように厚手の布がかぶせられた。
スチール格子の向こうには、もう、布のカーテンしか見えない。

　ふたりは、暗い猫箱のなかで呆然と顔を見あわせた。
「どうなった？」「わかんない」「出られるのかな？」「わかんない」

ねずは、前足でスチール格子の扉を押してみた。
もちろん、扉は金具でしっかりと留められていて動かない。

「閉じこめられた！」

　自由を奪われることは、ノラたちにとっては非常事態だ。一瞬にして、ふたりはパニックに陥った。
どうにかして箱から出ようと、力の限りあがく。

スチール格子に爪をかけて、爪がもげそうなほど引っ張ってもダメ。
後ろ足でガチャンガチャンと鳴り響くほど蹴ってもダメ。
プラスチック製の壁や天井にジャンプしてドシンドシンと体当たりしても、ぜんぜんムダ。

ふたりは完全に閉じこめられてしまったのだ、まだ朝ゴハンも食べていないのに。
　　（しかもゴハンのお皿は扉の外！）

　　　　　～その16に、つづく～

2014-06-06 15:50 コメント(6)
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