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その16 [第4章 試練]

 それから三時間ばかり、大暴れして疲れきったふたりは、
猫箱のすみっこで身を寄せあいながら縮こまっていた。
猫箱からは出られないが、あたりは静まっていて、それ以上のキケンはなさそうだった。

ふたりが張りつめていた緊張をすこしゆるめはじめた頃、である。
ベランダの窓が開く音につづいて、窓の人ではない人間がふたり、ベランダに出てくる気配がした。

「あっ、この箱ですね」若い男の声がする。
「ひとりで持てる?」こっちは、このまえ訪ねてきた川嶋とかいう人の声だ。
「大丈夫、たいして重くないです」

ぐらり。ふたりの入った猫箱が、宙に浮いた。
ゆさゆさゆさ。箱はどこかに運ばれていく。
大きく揺られるたびに、ふたりは箱のなかで右に左に振り回された。
ぶち子は、怯えてほとんど失神しかけている。
ねずは「うぎゃー」と鳴いて抗議をしたが、人間たちは誰も取りあってくれなかった。

ねずも怯えていたが、ずっと以前にも揺られながらどこかへ運ばれる、
まさにこんな感じを味わったことを思い出した。

 猫が箱詰めになって運ばれるとき、たいていは、ろくでもないことが起こる。

ゆさゆさと揺られ揺られて着いた先は、捨てられたときのような、どこかの道ばたではなく、
消毒薬の匂いがたちこめる診察室のなかだった。

猫箱を覆っていた布がはずされると、蛍光灯の青白い光が入ってくる。
ふたりは箱のいちばん奥にちいさく固まっていたのだが、例のごとく、怯えきったぶち子は
ねずの身体の下にもぐずり込んでいるので、結局ねずが矢面に立たされているカタチだ。

自分だって怖いけれど、ぶち子はまったく頼りにできない。
ねずは、これからナニが起きるのか、しっかりと目を開けて見極めなければ、と思った。

「おっ、川嶋さん。今日のは、まだ子猫だねぇ」白衣を着たおじさんが、箱のなかをのぞきこむ。
「あれ、一匹?二匹って言ってなかった?」

「二匹いるはずですよ、先生」

「あぁ、一匹は、こっちの子の下に潜り込んでるんだ」先生と呼ばれたおじさんは、
思いがけず、やさしい目で笑った。
「おい、おまえ、守ってやってるのか? …名前、ついてるの?」

「その手前のがねずちゃんで、潜っているほうがぶち子ちゃん」

「そう、ねずか。ネズミみたいな色だからかな?
鼻面に白線があって、こりゃ、ユニークなご面相だね」

「ふふふ、捨て猫らしいですよ。だから、そっちの子のほうが、まだ人馴れしてるみたい。
ちょっと馴らせば、抱っこもできそうなんだけど。でも、そっちの三毛はムリね。
ノラから生まれた子猫だし、臆病で神経質そうだから」

「どぉれ、では、ねずから出てきてもらおうか」
カチャ、パタン。先生は、猫箱の扉を開けて、ねずの様子をうかがった。

 ひえぇ、こわい~。先生の手がゆっくりと差し入れられて、ねずに忍び寄ってくる。
ヤバいとは思ったけれど、ねずには、もうこれ以上逃げる場所もない。
先生の大きな手は、ねずの首筋のちょっとダブついた毛皮をむんずとつかまえたかと思うと、
あっという間にねずの身体を箱から引きずり出した。

      ~その17に、つづく~


コメント(4) 
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コメント 4

yonta*

猫が箱詰めになって運ばれるとき、たいていは、ろくでもないことが起こる・・
そうか、そうだよね、ねずちゃん、ぶっちゃん(T_T)
こわいよね、知らない場所、消毒の匂い。
あの匂いは、わけがわかってる人間だって緊張するもの。
by yonta* (2013-02-23 12:19) 

hiro

こんばんは。
続きを待っておりました。
病院といっても、ネコには事情は分かりませんからね。
でも、ねずちゃん達のためだから、頑張れ!
by hiro (2013-02-24 00:59) 

のの

ぶち子ちゃん・・・・(^^;)人間にもいるけどね、そういう性格の人w
ねずちゃんが一緒でよかったね。
そういえば、モモを初めてお医者さんに連れて行った時
ケージになんか入れなくても私の腕の中にすっぽり収まって
曲げた肘の隅っこに鼻先をぐいぐい差し入れてきて
自分はいません、とアピールするかのようにおとなしくなっちゃったの
思い出しましたw
by のの (2013-02-24 08:52) 

ミケシマ

もうここまで来たら覚悟を決めよう!
大丈夫、その人たちは敵じゃないよ。
怖くて逃げ惑うふたりの姿が目に浮かびます…;;
がんばれ!(T0T)/オー
by ミケシマ (2020-05-26 17:03) 

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