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その27 [第6章 新入り]

 祠のほうから公園へと向かうには、ねずたちが暮らすマンションの建物をぐるりと迂回して、
道路をひとつ渡らなければならない。マンションを迂回するのはどうってことないのだが、問題は、
道路の横切りある。ねずは、もう何度も渡っているのに、この道路の横切りがちょっと苦手だった。

「ここで、道路を渡るんだけど」ねずは、パクに教える。「ここって、魔物が通るからね」

「魔物って、クルマのことですか?」

「えっ、あのブォ~ンって鳴くヤツのこと、知ってるの?」

「はい、知ってますよ。ぼく、クルマに乗って、ここまで来たんですから」

「へぇー、知ってたんだ・・・」ねずは、ちょっと拍子抜けだ。せっかく世の中のことを
いろいろと教えてあげようと思ったのに、パクは意外とねずより物知りなのかもしれない。
「じゃ、道路を渡るのも、へっちゃらだね」

「えーっと、それは、どうかなぁ? だって、ぼく、ずっと家の中にいたから、
 クルマに乗ったことはあるけど、道路を渡ったことはないですから」

「えっ、そうなんだ!」ねずは、うれしくなった。やっぱり、パクにはいろいろ教えてあげなくちゃ。

そして、ねずは、道路の渡り方を懇切丁寧にレクチャーしたのだ。

道路を渡る前に耳をすまして、ブォ~ンって鳴き声がしないか確かめること。
道路を渡っているあいだはモタモタせず、一気に渡ること。
もし途中でブオ~ンって声が聞こえても、絶対に立ちすくんじゃダメなこと。
(もちろん、それは、ねずが初めてこの道を渡るときアイゾウさんから教わったことのすべて、である)

ま、先輩面のねずには悪いけれど、おりしも元日の夕暮れ時。道路にはクルマの影もない。
ふたりは、これというピンチもなく道路を渡り、公園にたどりついた。

 公園の階段には、いつもより、うんと多くの猫たちが集まっているようだった。
お正月休みのワリをくってふだんのエサ場を失った猫たちが、公園ゴハンの情報を聞きつけて
遠征してきているのである。その数ざっと十七、八匹か、それ以上はいるだろうか。

ねずとパクを合わせると、なんと二十匹を超える猫たち!

 ねずがいままで経験した限りでは、ギネス級の最高記録である。
そして、どの猫もみんな空腹で、貪欲にヒートアップしている感じがひしひしと伝わってくる。
ねずは、なんだかワクワクした。久しぶりの公園ゴハン、今夜は熱いゲームバトルが楽しめそうだ。

・・・そして、この混雑は、新参者のパクにも幸いした。

遠征組が多いので、どいつもこいつも知らない顔。
こうなると、なじみのメンバーが新参者だけを狙ってはじきだすような、いじわるゲームにはならない。
それぞれが、それぞれの度量に合わせて、自分のお腹をどれぐらい満たせるかという
フェアな争いになりそうだ。

そうなればパクだって、この一週間で身につけた、たくましさと知恵がある。
すくなくとも今夜一晩をしのげるぐらいのゴハンには、ありつけそうなものじゃない?

 元日の夜のゴハン・バトルは、ねずの予想をはるかに超える混乱ぶりを呈した。
お皿オバサンの登場とともに、公園の静けさは餓鬼どもの威嚇と攻撃の雄叫びに引き裂かれ、
取っ組みあう二、三匹の猫塊が大地をころげまわり、何枚ものお皿がUFOのように宙を飛び、
キャットフードの粒々が雨あられと降りそそいだ。そして半時間にもわたる大騒動のあと、
髪をふりみだしたお皿オバサンの悲鳴とともに、狂乱の宴の幕は下ろされたのだ。

おおかたの猫たちが姿を消し、お皿オバサンがブツブツ文句を言いながらお皿を片付けはじめた頃、
ねずはやっと、植え込みのかげで身をすくめているパクに気がついた。
・・・あっ、しまった!パクを連れてきてたんだった。
最高にヒートアップしたこの夜、ねずは、ついつい横取りや盗み食いのゲームに夢中になりすぎて、
パクの存在を忘れてしまっていたのだ。
パクは、ちゃんとゴハンにありつけただろうか?ねずは、あわててパクのそばに駆け寄った。

「ねぇ、ゴハン、ちゃんと食べた?」のぞきこんだパクの顔は、なんだか青ざめて見える。

「あっ、ねずさん・・・」おどおどしながら、パクは答えた。
「えーっと、ゴハンは、食べた気がします。頭からキャットフードが降ってきたので・・・
 それに、マグロの缶詰も飛んできたし」

パクの話によると、最初のお皿がパクの前に置かれた瞬間、横からどしんと体当たりをくって、
この植え込みにはじき飛ばされてからずーっと、植え込みのかげに隠れていたんだそうな。
目の前の狂騒に入ることなど、とてもじゃないけどできそうにないので、
グーグー鳴るお腹をかかえてうずくまっていたら、バラバラと粒々が降ってきたので、
それをひと粒ずつ拾って食べていた次第。降ってくるモノのなかには、缶詰マグロの固まりもあって、
こうして落ち着いてみると、お腹はそれなりに満足した感じがする、云々。

 ねずは面倒を見てあげられなかったけれど、パクが満腹したのなら、まぁいっか!
ねずはとても満ち足りた気分になって、パクと肩をならべながらお互いの寝ぐらへと帰っていった。

 次の夜も、また次の夜も、ねずはパクを連れて公園に行った。
お正月の三が日のあいだ、公園ゴハンはメンバーが増える一方だったが、
お皿オバサンはとても一人では面倒を見きれないからと助っ人まで呼んで、キャットフードの
大盤振る舞いをしてくれたので、みんなそこそこお腹を満たすことができた。

ねずは毎晩ゲームの興奮に酔い、パクはすこしずつ公園や、ここに集まる顔ぶれや、
彼らが引き起こす喧噪になじんでいった。

 お正月が明けて、世の中がふだん通りのペースを取り戻すと、公園ゴハンはまたいつもの常連たちの
エサ場になった。そして、もうねずがいっしょじゃない朝や夜も、お皿オバサン待ちの列のなかに、
パクの白い顔が並ぶようになった。いつも、ひっそりと、目立たない片隅ではあったけれど。

ねずは、それからも頻繁に、公園ゴハンに出かけていった。
お正月の、あれほど熱狂的な興奮はもう味わえなかったけれど、大はしゃぎのゲームは楽しめたし、
パクの様子も気にかかる。パクは日を追うごとに明るく快活になり、あのお行儀の良さで
お皿オバサンにも気に入られ、ゴンやミケねえさんといった顔役にも存在を認められはじめたようだ。

クリスマスイブの夜に祠に置き去りにされたパクの身の上話に、
ミケねえさんは「あれまぁ、あの祠に置いていかれた猫は、あんたでもう五匹めだよ」とあきれ顔をし、
ゴンは「そりゃまた、とんだメリー・クリスマスだな」と肩をすくめた。

そして、一月も終わろうという頃には、パクはすっかり公園の一員になっていた。
祠の裏側の、あんまり居心地のよくない茂みを捨てて、
公園の脇の、もう使われていない排水用の土管のなかに寝場所を見つけた。
せまっくるしいけど、冷たい北風をよけられる土管のなかは、落ち葉がこんもりと積もっていて
ふんわりと暖かい。凍える季節を過ごすには、とてもいい寝ぐらだった。

ただし、大雨が降ると水浸しになっちゃうのが玉にキズなんだけどね。


  ~第7章に、つづく~


コメント(6) 
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コメント 6

かずあき

おはようございます。
公園ご飯、ぜひ一度
ユーチューブなどで
ぞの喧騒をぜひ見たいものです。
by かずあき (2013-05-11 08:32) 

ChatBleu

パクちゃん、新たな場所での生活に馴染んできたんですね。
ホッとするけど、それでもやっぱりかわいそう。
by ChatBleu (2013-05-11 17:54) 

みいみ

お正月の公園は大にぎわいなんですね,初めて知りました.寒い時期ですしごはんにありつけた子がたくさんいてよかったです.
by みいみ (2013-05-11 18:21) 

のの

マトリックスのようなスローモーションで宙を舞うお皿の光景が
目に浮かびましたw
by のの (2013-05-16 20:14) 

ちぃ

ねずちゃん、やさしい猫さんですね(^-^)
人間の身勝手で捨てられたパクちゃん、なんとか
逞しく生きていけそうで読んでいてほっとしました♪

by ちぃ (2013-11-07 19:10) 

ミケシマ

よかったぁぁぁ~!
フフ、ねずはお姉さん顔していろいろ教えてあげたかったけど
ついつい自分のお楽しみに夢中になっちゃったね☆
そういうところが可愛いぞ(*´艸`*)
パクくんも一端の野良たちの仲間入りができたようでよかった。
頑張ったねー\(^o^)/
by ミケシマ (2020-06-22 23:09) 

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