SSブログ

その28 [第7章 悲しき骸]

 このところのねずは、なんだか、やたらとテンションが高い。
毎日が充実した気持ちでいっぱいで、食べること、眠ること、遊ぶこと、探索すること、見張ること、
そういった生きることのすべてが楽しくてしょうがないといった風情だ。
ねずのテンションの高さは、どうも、なにがしかの『自信』によって生まれてきたものらしい。

そう、ねずは、ひとつ大きな自信を得たのだ。新入り・パクの手助けをしてやったことで。

 パクは、あれ以来、日を追うごとにこの土地になじんで、いまではリッパな公園猫である。
お皿オバサンのおかげで日々の食事には困らなくなり、先住猫にも存在を認められて、
追い散らされる心配もなくなったいま、
パクは、すこしずつ元気で活発な二歳のオス猫らしい明るさを取り戻していった。

公園の日だまりで、のんびりとくつろぐパク。
しなやかな白い身体を、長~く反らして伸びをするパク。
はしゃぎながら、大木の幹にぴょんと飛びついて、スルスルと登っていくパク。

・・・そんな姿を見るにつけ、ねずは、なんだかとても誇らしい気分になれた。
なんてったってパクは、ねずがこの公園に連れてきてやったのだ。
そして、またパクも、ねずに会うといつも礼儀正しくお礼を言った。

「ねずさんのおかげで、ぼく、すっかり公園の一員ですよ」

 ま、一歩ひいたところから眺めると、わざわざねずがお節介をやかなくても、
パクは遅かれ早かれこの地に居ついたにちがいない。置き去りにされた時点で、栄養状態のよい
健康優良猫である。しばらく食べるものがなくても、すぐに命を落とすことはなさそうだ。
性格も、けっして気は強くないが臆病すぎるほどでもなく、賢くておだやかで友好的である。

・・・争いを求めず、強いものには譲り、忍耐強く自分の番を待つ。
そういった身の処し方のできる猫は、ご町内の一員として受け入れられるのも早いのだ。
もちろん、ひとりぼっちでさすらう流れ猫もいるけれど、野っぱらに生きる猫だって、
どこかに安定した居場所を見つけて、仲間と暮らすほうがずっといい。

と、いうわけで、ねずは、毎日ちょこちょこと公園に出かけて行くようになった。
いまや、公園ゴハンだけが目的なのではない。パクを助けて自信満々、前途洋々、
鼻た~かだかのねずちゃんは、なにか自分にできる、もっと大きなことを探していたのだ。

そう、もっと、大きなこと・・・それって、たとえば、正義の味方・スーパーキャットになって、
ノラ猫世界の危機を救ったり? それとも、捨て猫撲滅運動をはじめるとか?
公園からノラ猫環境の保護を訴える? ま、ささやかなご町内のちっぽけな若猫に
いったいナニほどのことができるかなんて、そんなこと、猫神さまにだって、わからない。


 そんなこんなで、ねずが朝も昼も夜も、しょっちゅう公園に入り浸るようになって、
ちょっとおもしろくないのは、ぶち子である。・・・いや、ちょっとおもしろくない、どころではない。
いまやぶち子は、ものすごーく、すねていた。

 このところのねずは、ほとんどベランダでのんびりと過ごすことなどなく、
まさに夜中に寝に帰ってくるだけ(まるで、どこかのお宅のダンナさまみたい!)
深夜、猫箱で丸くなっているぶち子の横にもぐりこんでバタンキュー。朝はゴハンぎりぎりまで
寝坊して、窓の人が出してくれた朝ゴハンをせかせかと食べたと思ったら、もういない。
行き先は公園。遊び相手は、たぶんパク。あの、クリスマスに捨てられた、しみったれ祠猫である。

 「これって、どういうこと?!」ぶち子は憤慨する。

そもそもねずは、ぶち子のママが、かわいそうに思ってこのベランダに上げてやった猫なのだ。
ママが、子離しの時期になっても、ぶち子がひとりぼっちになってしまわないように、
ここに居ることを許してやった猫なのだ。それなのに、あんなパクみたいな子に夢中になって、
ぶち子を置いてけぼりにするなんて。ぶち子と遊びもせずに、ぶち子と昼寝もせずに、
ぶち子が毎日どうしてるか気にもせずに、ひとりで遊びまわってるなんて、許せない!
・・・それが、ぶち子の言い分である。

 つまり、ぶち子は、なんだかんだいって、ねずがそばにいてくれないとサビシイのだ。
もう、そろそろ生後十カ月。でも、まだ一歳に満たない、たったの十カ月。甘ったれのぶち子は、
まだまだママのやわらかいお腹の下にもぐずりこみたい時もある、ナイーブなお年頃である。

北風が寒くて、ちょっとセンチメンタルになった夜、くっついて温めあえるねずが隣にいてくれたら。
ベランダの下の裏庭から、おっかないデカ猫がにらみつけてくるとき、
いっしょにドキドキしながら寄り添えるねずがいてくれたら。
胸の奥底ではそんな風に思うのだけれど、ぶち子がそれを口に出して言うことは、絶対にない。

「ねずちゃん、サビシイから、そばにいてよ」ですって? そんなこと言うなんて、ばっかじゃない?

というわけで、ぶち子は、たまにねずがそばにいても、モノも言わずにふくれっ面である。
ねずといっしょであることがうれしいくせに、素直になれずに、むっつりむくれてツンツン冷たい態度。
このごろ、いつもぶち子をひとりぼっちにしていることへの腹いせのつもりなのだ。
あげくには、ねずだけ楽しそうにしているのも腹立たしくて、プイッとどこかへ出かけていく始末。

 ねずはねずで、そんなぶち子の胸の内など、まったく気が付かない。
たしかに、このごろ、ぶち子の態度はよそよそしい感じがする。でも、あの子は、もともと
気まぐれな猫なのだ。楽しくじゃれあってたと思ったら、いきなり噛みついたり。
いっしょに出かけようって言ってたのに、急にやめちゃったり。
公園に誘っても、どうせ行かないって言うし、もうこのごろは誘うこともしなくなった。
きっと、ぶち子は、ひとりで気ままにやっていきたい子なのだ。

およそ半年のつき合いのなかで、そんな風に感じていたねずは、ここにきてぶち子が
ツンツンしているのも、どうせいつもの気まぐれだからと、深く考えることもしなかったのである。
なにしろ、ねずはいま、
自分の世界をひとまわり大きく広げることに、すっかり心を奪われていたのだから。

・・・そんな折り、事件は起きた。


    ~その29に、つづく~


コメント(7) 
共通テーマ:blog

コメント 7

かずあき

おはようございます。
次回がとっても気になります。

我が家の6畳間(Nゲージの部屋)
時々、路線の保守、建物のずれなど。
by かずあき (2013-05-18 09:44) 

ニャニャワン

ん~ 気になります。
by ニャニャワン (2013-05-18 12:55) 

sarami

つづきが気になります~
ちょっとお姉さんになった気分でテンション高くなってるねずちゃんと
あまのじゃくのぶち子ちゃんの心のうちがよくわかる描写ですね。
by sarami (2013-05-19 08:53) 

のの

事件・・・・気になるぅ(^^;)
by のの (2013-05-19 10:02) 

morichan

ねずちゃん。すっかりオトナになっちゃって。。
ニンゲンだったら中学生くらいかな。
公園セイカツ、学校セイカツ。ちょっと似てる?
ぶっちゃんのジュエラシーに胸キュン♡
とはいえ、あんまりワガママだと、嫌われちゃうぞーーーっ。
by morichan (2013-05-20 21:03) 

ちぃ

ぶち子ちゃんったら(^0^)
ねずちゃん、張り切っていますね。
by ちぃ (2013-12-19 19:17) 

ミケシマ

ねずちゃんとぶっちゃん、まるで高校生の彼氏と彼女みたいですね^^
それにしてもねずのハイテンションはなんだか不穏なフラグを感じます…^^;
by ミケシマ (2020-06-22 23:14) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

その29その27 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。