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その29 [第7章 悲しき骸]

 そもそもの発端は、パクである。

 ねずのおかげで(まぁ、一応はそういうことで)公園に居場所を得て、すっかり元気になったパクは、
二歳の、若くて健康なオス猫本来の野性を取り戻した。

 そろそろ二月も半ば、まだ寒いけれど、暦の上ではもう立春。
春の兆しに心が浮きたち、身体の奥のほうで本能がざわつきはじめる。
要するにパクは、エロに目覚めてしまったのだ。

 そして、こともあろうに、さくらママに恋をした。

 ぶち子にベランダを譲り渡してから、さくらママはしばらく公園のあちこちを点々と移り住んで
いたのだが、お正月以来、お気に入りの寝ぐらを見つけていた。
それは、ねずたちが暮らすマンションの、ひとつ下の階。二階のオフィスのベランダである。

 五階建てで、こじんまりしたマンションは、一階が店舗、二階がオフィス、三階から上が住宅である
一、二階と三階から上では建物の構造が異なっていて、住宅階のベランダは南側あるのだが、
二階のオフィスのベランダは西側にある。
東西に細長い建物の南東にあるベランダと西側のベランダは距離もずいぶんと離れていて、たとえ
マンションの上下の階といえども、三階のベランダから二階のベランダを見下ろすことはできない。
だから、ねずもぶち子も、さくらママが同じマンションの下の階のベランダに住みはじめたことなど、
ちっとも知らなかった。

 さくらママが二階のベランダを新しい寝ぐらに選んだ理由は、ふたつある。

まず、さくらママは、『ベランダ』という場所に味をしめていた。
ふつうのノラ猫だったら、ひとんちのベランダにはなかなか住みづらい。
だって、そこの人が出入りするし、見つかったらまず追っ払われるにきまってるじゃない?
でも、さくらママは、三階のベランダで出産して子育てまでやりとげた、いわばベランダのベテランだ。
しかも同じマンションなので、ここのオフィスの人たちとも顔見知り。
・・・「まさか、この私を、追っ払ったりするはずがない」と、さくらママは踏んでいた。

 ふたつ目の理由は、都合のいい段ボールの空き箱があったからだ。
その段ボール箱は、去年の暮れの大掃除のときに出されたもので、オフィスの人たちは
その箱を捨てるのを忘れたままお正月休みに入ってしまった。

段ボール箱は、都合よく横倒しの状態で放り投げてあって、横から自由に出入りできる。
北風も吹き込まない箱のなかは、丸まっているとふんわりと温かく、一日中暗くて、
外敵からもしっかり身を隠せる。まさに安心して赤ちゃんを眠らせておける理想的な環境だ。
・・・そう、さくらママは、次の出産にそなえて、二階のベランダに居を構えたのである。

 新しい寝ぐらが決まれば、次に必要なのは、子供たちの父親となるべきダンナ猫である。
したがって、さくらママは、本能のおもむくままにダンナ・ハンティングを開始した。

見つけなければならないのは、若く、健康で、すこやかな遺伝子をもつオス猫。
子供たちの将来のために、すこしは容姿にもこだわりたい。
とはいっても、マンションと公園を中心に半径五百メートル程度しかないさくらママの
ごくささやかな行動範囲のなかで、タマ取り済みでなく、血縁関係も近すぎない若いオス猫が、
それほど多くいるわけでもない。
さくらママが新入りのパクに白羽の矢を立てたのも、当然のなりゆきというものだった。

     ~その30に、つづく~


コメント(2) 
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コメント 2

ChatBleu

あらら。パクちゃんがさくらママのダンナに?
ねずちゃんと仲良しだったのに、なんだか複雑~。
さすが、ニャンコの世界だわ。
by ChatBleu (2013-05-25 14:31) 

ミケシマ

ほほーぅ。そういうことになりましたか…
ふたりはどうなる!?
by ミケシマ (2020-06-22 23:23) 

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