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その30 [第7章 悲しき骸]

 一方、パクはパクで、身体のなかでざわめきはじめた自分の本能に驚いていた。

そろそろ二歳になろうとするパクは、もう一人前の立派なオトコ。
もっとずっと早い時期にエロの衝動に目覚めていてもいいはずだったが、
他の猫とまったく触れあうことなく家のなかだけで飼われていたせいか、それとも単に奥手だったのか、
いままでオスとしての発情期を一度も経験したことがなかった。

それが、自然のなかに住みつき、大地や風の匂いから季節を嗅ぎとり、猫同士の交わりを知るうちに、
猫としての野生が甦った。そしていま、この早春の公園で、はじめての発情期を迎えたのだ。

 エロに目覚めたパクと、ダンナ・ハンティングのさくらママ。
同じ衝動に突き動かされたふたりは、野生のフェロモンによってひきよせられ、
あっという間に恋に落ちた。
そして、まったくもって騒々しいふたりの恋物語がはじまってしまったのである。

 恋物語のストーリーは、ざっとこんな調子だ。

さくらママがベランダで「おわぁ~、おわぁ~」と狂おしい声で呼ぶと、公園からパクが
飛ぶようにやってきて、一階のお店のテントをバリバリと引き裂きながらベランダに駆け登る!
狭っこいベランダでくんずほぐれつもつれ合って、鉢植えを倒し、ガラスのサッシ窓にもんどり打つ!
果てには興奮したふたりが、お店のテントを転がって、下の道路に落っこちる!

こんな騒動が、夜中だけではない、平日の昼日中から繰り広げられた。

 もちろんオフィスの人たちは、今年になって、さくらママがベランダに住みついたことを知っている。

「あの、三階で子供産んだノラ猫が、こっちに引っ越してきたね」
「寒いから、段ボールのなかがあったかいんじゃない?そっとしておいてあげようよ」
「お腹すいてるとかわいそうだから、キャットフードだしてあげようか?」

そんなやさしい会話が交わされ、朝も昼も夕方も、
さくらママ専用のお皿に山盛りのキャットフードが差し入れられた。そんな矢先の、大騒動である。
去年、別のベランダで子供を産んだメス猫と、もつれ合うオス猫と。
その組み合わせの意味するところは、まちがいなく新しい子猫の誕生である。さすがにこれを
見過ごしてしまうのはマズイんじゃないかと、オフィスの人たちが思ったのも無理はない。

 そこで、地域猫ネットワークの川嶋さん再登場である。
困ったオフィスの人に相談を受けて、窓の人が川嶋さんを呼んだのだ。ある日のオフィスで、
人間たちのひそやかな対策会議が開かれ、さくらママの『タマ取り作戦』が決定した。
もちろん、いずれパクのタマ取りもしなければならないのだけれど、取り急ぎ、
発情しているメス猫を避妊してしまわないと、別のオス猫と交尾してしまったらおしまいである。

 川嶋さんが言った。
「その子は、あの段ボール箱を寝ぐらにしているんでしょう?
だから、段ボール箱のなかに捕獲器を仕掛ければ、かんたんに捕まると思うの。
捕獲器は、猫がなかに入ったらバネ仕掛けで自動的に扉がパタンと閉まるようになっているから、
その猫がちゃんと奥まで入るようなら失敗せずに捕まえられるわ。
でも最初は警戒するかもしれないから、二、三日様子を見てみましょう。
猫が入っても扉が閉まらないようにストッパーをかけておいて、捕獲器のいちばん奥にゴハンを置いて、
それを食べるかどうか観察してみてください。奥まで入っていって食べるようなら、
すぐにでも捕まえてしまいましょう」

 結果は、すぐにわかった。
さくらママは最初、段ボールのなかに突然現れたスチール製の捕獲器の匂いをいぶかしげに
嗅いでは見たものの、奥に置かれた缶詰マグロの匂いを嗅ぎつけると、スタスタとなかに入っていった。
ためらう素振りなどみじんもなく、むしろ浮かれた足どりで。

そうして、ねずやぶち子のまったく知らないところで、
さくらママのタマ取り作戦は実行に移されたのだ。

 そして、その結末は、あまりにも大きな悲しみをもたらした。

       ~その31に、つづく~


コメント(3) 
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コメント 3

かずあき

おはようございます。
題名の意味は、亡くなってしまったということなんですね。

我が家のことですが、ウルフは、去年の同時期に同じで。
(一般的には風邪)
ビブラマイシン50mgを毎日1錠。完璧でした。

私の人間ドックでの主膵管肥大の件、阪大にて
6/4再度超音波、6/6CTです。MRIは未定。
もし膵臓がんの場合、もって1年ほどで死亡でしょう。
by かずあき (2013-06-01 09:44) 

ChatBleu

あぁ、そうか。ぼへ猫通信の方でうかがいましたね。
のらんさんが、ご自身を責めていなければ良いのですが。。。
by ChatBleu (2013-06-01 10:19) 

ミケシマ

えっ えっ どうなるの?
オフィスの人達の対応は 無理からぬこと…
さくらママ、心配だよぅ。
by ミケシマ (2020-06-22 23:28) 

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