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その45 [第9章 仏っさまの教え]

 「ふもとのお地蔵さんのところから来たんです」おそるおそる、ねずは言った。
 「ゾロに教わって。ゾロが、まだらの仏っさまなら、きっと答えを出してくれるからって。
  だから来たんです。雪で凍えて、足がもげそうなほど痛くって。でも、後戻りせずに登ってきたの・・・
  だって、もう帰れないから。仏っさまにお願いしないと、ねずはもう、どこにも帰れない・・・」

ねずの目から、涙があふれだした。大粒の涙がぽろぽろと、ねずの鼻面を伝って落ちる。
涙は止めどなく湧いてでて、しばらくのあいだ、ねずは仏っさまの前でただただ泣きじゃくっていた。

 涙のあいまに、ねずは、ぽつぽつと思いを吐きだしていった。
お地蔵さんの祠に置き去りにされたこと。ひとりぼっちで、食うや食わずで生き延びて、
ようやくベランダに居場所を見つけたこと。ぶち子といっしょに過ごした日々と、
ずっとつづくと思っていた穏やかな毎日と。そうしたら突然、さくらママとパクが冷たくなって、
ナンニモナクなってしまったこと。パクがねずのせいで魔物に跳ねとばされたことや、
その瞬間ねずの心をかすめ去っていった、ごちゃまぜのパクの思念のことも。

そんな思いが次から次へと、止まらない涙といっしょにねずの心からあふれでて、
言葉の滴となってこぼれ落ちていった。

 「だから、取り戻したいの!」ねずは叫ぶ。
 「さくらママやパクのぬくもりを。ナンニモナクなった身体にぬくもりが戻れば、
 きっと、すべてが、もと通りになる。そうしなきゃ、ねずは、もう帰れないの。ベランダに!
 ぶち子のとなりに!あたりまえの、ふつうの猫に!」

仏っさまの前で泣きじゃくりながら、ねずは、自分のなかに吹きだまっていた悲しみの源が
なんだったのか、ようやくわかった気がした。 ・・・ねずは、戻りたかったのだ。 怒りや、死や、
憎しみといった、重くて背負いきれないお荷物のことなど知りもしなかった無邪気な自分に。

 ねずが涙ながらに思いの丈をぶちまけているあいだ、仏っさまはひと言も口をはさむことなく、
両のまぶたを閉じ、首を右にすこし傾けたまま、身じろぎもせずに座っていた。
そして、とうとうねずが心にわだかまっていた思いをありったけ吐きだし、涙も枯れ果て、
しゃべり疲れて黙りこくってしまったころ、仏っさまは静かに口を開いた。

「のう、ねずよ」仏っさまは、のんびりとねずに話しかける。
「ぬしは、ついいましがた、そこで飯を食ったじゃろう?」
「ハイ、食べました」
「どうじゃ、うまかったかの?」
「ハイ、おいしかったです。だって、ずっと、なんにも食べてなかったから」
「その飯、どうして、そこにあったんじゃと思うな?」
 
「・・・・・???・・・・・」ねずには答えられなかった。
 だって、猫は、どうしてそこにキャットフードがあるのかなんて、考えてみたりしない。

「その飯はな、ねずや。ここのお寺の小僧さんが、毎朝夜明け前にやってきて、お堂にろうそくを
 灯してお香を焚くついでに、置いていってくれるのじゃよ。ここだけじゃない、お寺の入口の
 脇っちょのほうにも、飯を盛った皿が置いてあるはずじゃ」仏っさまは、ほっと息をついた。
「それに、ほれ、おまえさん、寺の石段を昇る前に、ふもとの門の脇で腹ごしらえをせんかったかの?」

「そういえば・・・」
たしかに、ねずは、門のところで食べ残しのキャットフードをいただいたのだ。あそこで
エネルギーを補給できたおかげで、ねずは凍てついた石段を昇ってくることができたのだと思う。

「あっちの飯は、の。近くの猫好きの爺さまがもってくるのじゃ。雨が降ろうと、雪が降ろうと、
 その爺さまは毎晩やってくる。もう九十になろうかという老いぼれジジイじゃがのぉ、
 ありがたや・・・」そう言って、仏っさまは、爺さまの顔でも思い出したのだろうか。
懐かしそうな表情で、目を細めた。

「わしら、猫はのぉ」仏っさまは、のんびりとつづける。
「しょせんは、人間さまに拾われとる命なんぞ」

「ニンゲンサマニ、ヒロワレトル、イノチ???」

ねずには、仏っさまの言っていることがよくわからなかった。
ゴハンが見つかるのは人間が置いていってくれるから、という部分はおおむね理解できたが、
命が拾われるって、どういうことなんだろう?

きょとんと小首をかしげるねずを見て、仏っさまはすこし考えこみ、
やがて言葉を選び選びしながら語りはじめた。・・・そのお話は、あらまし次のようなものだった。

   ~その46に、つづく~


コメント(3) 
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コメント 3

ChatBleu

ぼへ猫の方がお休みだったので、こちらもお休みかな、と思ったら
アップされていてうれしいです。
ねずちゃん、仏っさまから何か学ぶことになりそうですね。
by ChatBleu (2013-09-14 20:54) 

morichan

あぁ、仏っさまのコトバは、もうすでに深い。。。
「人間さまの手のひら」により、拾われる、いのち。
ねずちゃんは、果たしてどう受け止めるのでしょう?
ぶち子ちゃん、きっと、心配してるだろうなぁ~。
by morichan (2013-09-15 16:22) 

かずあき

おはようございます。
PC、そういうことでしたか。

これ、教会の懺悔のような感じに思います。
(映画のシーンでしか理解してないけど)
by かずあき (2013-09-18 04:44) 

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