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その46 [第9章 仏っさまの教え]

 我ら、この世に生まれ落ちたものは、みんな命をもっている。

命とは、どこからやってきたのかなど誰にもわかりっこないのだが、
母親の腹を借りて、この世のどこかに生まれ落ちるものである。
 
そして命とは、どんな境遇に生まれ落ちようと、生き長らえるべき宿命を背負っている。
猫ならば、母親に守られようと見捨てられようと、たとえひとりぼっちになろうとも、
食べもので命のともしびを燃やし、安らかな眠りでそのともしびを長らえさせていかねばならぬのだ。

 それが、この世の掟。 生きとし生けるものすべての定めなのである。

しかるにこの現代の世において、猫は、いかに食べ、長らえればいいのか?

ひと昔も前なら、屋根裏でネズミを追い、川で魚を捕り、野で小鳥をしとめることもできたやもしれん。
だが、もはや屋根裏にネズミさえ住めないこの殺伐とした世の中で、
野生の捕獲能力すら失ってしまった我々は、どう長らえることができよう?

こんな世を生みだした人間さまの、同じその手にすくわれて、居場所をゆるされ、飯を恵まれ、
生き長らえていくより他にない。

 つまり、我ら猫はみな、人間さまの手のひらで生かされておるのだ。

だがしかし、かくある人間さまは、どうだろう?
人間さまの命と、我ら猫どもの命と、なにほどの隔たりがあるのだろうか?

 わしは、もうかれこれ二十年以上もこの寺に住みついて、ご本尊さまのお膝で昼寝をし、
観音さまの足もとで夜露をしのぎ、本堂の床下で和尚さまのありがたい説法に耳を傾けてきた。
ご本尊さまに救われんと願う幾百もの煩悩や、不浄のこころ、死者の御霊をも見送ってきた。

そして、ようよう、この歳になって気づいたのじゃ。
 『その命と、この命。なんの隔たりもありはせぬ』
・・・それは、どちらも天上の御仏から授けられた、
まぎれもなく、この世でもっとも尊ぶべき生命というもの。
我らが今生のすべてをかけて守るべき、唯一無二の存在である、とな。

ねずや、考えてもごらん。
我ら猫どもが、人間さまの手のひらで生かされているように、人間さまもまた、
御仏さまの手のひらで生かされておるのだ。

そして、ねずや。今生の命というものは、かならずや、ついえる。・・・死は、この世の定めなのじゃ。
だが、ねずや。けっして死を恐れてはならぬ。
死は、終わりではない。今生での死は、御仏さまのもとへ戻り、
もういちど新たな命としていつの世かに生まれ落ちるための、長い長い眠りの時間なのじゃよ・・・・


 話を終えた仏っさまは、ほぉっとひとつ深いため息をつき、
開くほうの片目でねずの顔をのぞきこんだ。 神妙に聞き入っていたねずは、
仏っさまの眼光が驚くほど強くてあたたかいことに、その時はじめて気がついたのだ。

 さて、長くてムズかしいお話のあいだ、ねずちゃんはどうしていたのだろう?
もちろんねずは、仏っさまのお話をすべて、ちゃんと聞いては、いた。
でも、聞いていた、っていうのと、理解した、っていうののあいだには、深~い隔たりがあるんです。

というわけで、結局ねずにはちんぷんかんぷんだったのだ、仏っさまのありがたい説法も。
 (こういうの、猫の耳に念仏って言うんだっけ?)
ねずの目をのぞきこんだ仏っさまは、目尻を下げてほほっと笑い、長いお話を締めくくって言った。

「つまりは、ねずや。命を粗末にしてはならん、ということじゃ。さくらとやらも、パクとやらも、
それらの死は、ぬしのせいなどではない。それは天の定め、天寿なのじゃ。
だから、何人にも取り戻すことはできぬ。 生者必滅、南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏!
悼みこそすれ、さほど嘆き悲しむことではないわ」

仏っさまは、つづける。「ねずよ、死を恐れる必要はない。それよりも、恐るるべきは、
その命をおろそかに生きてしまうことじゃ。誰ぞの手のひらで生かされとるわれわれは、
その生を、きちんとまっとうせねばならぬ。そして、わしはこのごろ思うのじゃが・・・」
仏っさまは、まっすぐな眼光をねずの目に放ちながら言った。
「この世に生まれ落ちた命には、そのひとつひとつに背負わされた役割というものがある。
その役割をこの世で果たすために、命は生まれてくるのじゃ。
もちろんわしの命にも、そしてほれ、ぬしの命にも」

「役割・・・?それって、ねずが、やらなきゃいけないことって意味ですか?」

「その通りじゃ」仏っさまの眼光が、一瞬、カッと燃えあがった。
「そして、ぬしが最初に果たすべき役割のときが、なにやら近づいてきているように見えるがの・・・」

仏っさまはそう言ってまぶたを閉じ、すこしのあいだ思案していたが、やがて目を開けて言った。
「この寺の裏手に、人間さまの墓所がある。 そこは、猫がすみっこで居候していても許されとる、
ありがたい場所じゃ。 ねずよ、ぬしは、しばらくそこで暮らしてみるといい。
朝晩の飯には困らんし、居心地よい寝ぐらも見つけられようぞ。 ・・・そうして、時を待て。
じきにおまえが役目を果たさねばならぬ出来事が舞い込んでくるじゃろうて」

   ~第10章に、つづく~


コメント(4) 
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コメント 4

ChatBleu

私も仏っさまの教えをありがたく拝聴しました。
ねずちゃんには難しいかな~。
by ChatBleu (2013-09-21 07:46) 

こいちゃん

のらんさん、あなた仏様の生まれ変わりですか?
どうしてこれだけのことが書けるんでしょう
本当に読むと涙がこぼれそうな感じになりました
ねずちゃんが理解できるのはもうすぐかも・・・
by こいちゃん (2013-09-21 08:26) 

かずあき

おはようございます。

PC、ご苦労様。

なんか孫悟空のような展開。
by かずあき (2013-09-21 08:43) 

みいみ

「人間さま」,動物たちのためにもうちょっとマシにならないといけません.
by みいみ (2013-09-22 12:14) 

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