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その47 [第10章 新しい出会い]

 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ。箒の音がする。
お寺の小僧さんが、墓地の入口の階段を掃いているのだ。

あたりはまだ、暗闇につつまれた夜明け前。 太陽が昇ってあたりにぬくもりという恵みを
降りそそいでくれるまで、もうしばらく待たなければならないこの時間帯は、早春というより
晩冬の冷えきった空気に満たされている。 小僧さんの、ほっ、ほっと吐きだす息が白く凍って、
薄霞でこしらえたぽんぽりのように浮かんでは消えた。

 墓地の入口から見て右手奥の、長いあいだお参りに来る人もなかったらしい古ぼけた墓石の裏側に
吹き寄せられた落ち葉だまりを寝ぐらにしているねずは、立ち並んだ卒塔婆のすき間から
白線入りのちいさな鼻面をのぞかせてその様子を眺めている。

 毎朝、夜明け前のこの時間、小僧さんはやってきて、階段をおそうじし、入口に建てられた
大きな御影石の菩薩像を水で清め、お線香を焚き、ちょっと拝んでから像のうしろにまわる。
そして背負ったリュックサックのなかから袋をとりだして、台座の影に目立たないように置かれている
猫鉢にザザザとキャットフードの粒々をそそいで帰っていくのだ。

 ザザザザザ~  今朝もいつもとおんなじ手順で、キャットフードがそそがれた。

聞き慣れた音に、ねずの耳はピクリと反応し、鼻が勝手にヒクヒクと動く。
菩薩像まではすこし距離があるので、風向きによってはキャットフードの匂いを感じることが
できない日もあるけれど、今朝はすぐにふんわりとおいしそうな匂いが漂ってきた。

うほっ、ねずの気持ちが浮きたつ。
うほっ!今日もおなかいっぱいの朝ゴハンから、元気な一日をスタートできそうだ。

 とはいえ、ねずが朝ゴハンにありつけるのは、まだまだ先のお話。
小僧さんが帰るやいなや、この餌場の常連猫たちが一匹、また一匹と姿を現し、
かわるがわる猫鉢に頭をつっこんでいるからだ。

猫鉢は、三つ。 今朝やってきた猫は、いまのところ五匹。

どの猫もいかにも古株っぽい面がまえで、まだこの墓地に住みついて間もない新米猫を
こころよく仲間に入れてくれるとはとても思えない。
ねずは用心深く、みんなが食事を終えて行ってしまうまで身を隠しておくつもりなのだ。

三つの猫鉢はどれもけっこう大ぶりで、五、六匹の猫ではおいそれと食べきれないぐらいの量の
キャットフードが入っていることを、早くもねずは学んでいた。
常連たちに割って入ってキビしい追い立てをくらうより、ここは、ひとつ、じっとガマン。
やっぱ、残りものキャットフードに福あり、でしょ。

 ・・・まだらの仏っさまのお告げに従って、この墓地に暮らしはじめてそろそろ一週間。

仏っさまの言ったとおり、墓地には、ベランダの猫箱とまではいかないものの、
そこそこ居心地のよい寝ぐらにできる場所がいくつもあり、
猫好きの和尚さんや小僧さんたちのおかげで朝晩のゴハンには困らない。

ちょっとやっかいなことと言えば、そんな絶好の猫向き物件ということで、長く住みついている
古参の猫どもが多く、みんながみんな俺さまのなわばりとばかりに幅を利かせたがるところだ。

とくに男子どものなわばり意識は強く、顔をあわせてはいがみ合い、
いがみ合っては尿スプレーで己の存在を主張したがるので、そこいらじゅうの墓石や、卒塔婆や、
植木や、草むらから猫たちのスプレー臭がぷんぷんと漂ってくる。

 おりしも三月初旬は、春のはじまり。

エロの季節のまっただなかというわけで、ふだんは顔を見せない面々までもが出没し、
スプレー行動はますますエスカレートしているのだ。

 とはいうものの、タマ取り済みのねずには、それはむしろ好都合である。

この時期、老若を問わずたいていの男子は発情期の女子しか目に入らず、発情期の女子は
現役バリバリの男子にしか興味がない。ちびっちょの、まだ一歳にもとどかない
人畜無害なタマ取り済みの小娘のひとりやふたり、墓地のすみっこに寝ぐらを定めたからといって、
目くじら立てているヒマなどないのだから。


   ~その48に、つづく~


コメント(4) 
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コメント 4

こいちゃん

ありがたいお寺さんですね。そういや私も幼き頃、学校の帰りに友人と2人子猫を2匹見つけ、帰り道のお寺さんに連れて行って「お願いします!」って頭下げたっけ・・・その時の大黒さんは若い優しい方で「いいわよー」って預かってくれたのでした。多分貰い手を探しに苦労したかも・・・と今になって反省ですけど。
さて、この後ねずちゃんは何を勉強するのでしょうか
by こいちゃん (2013-09-28 08:49) 

かずあき

おはようございます。
もう1Wも、お寺で生活。
いつごろ、自宅へ戻るのか気になります。

Nゲージの6畳間ですが、この初夏あたりで、
運転もあきらめて。
購入したばかりの車両に、ウルフが猫パンチ(何度も)。
そして、ドンドン荒れつづけるレイアウト。
気力を奮い立たせるには、まだ暑いし。
撤去することも考えたり、複雑です。
by かずあき (2013-09-28 09:03) 

ChatBleu

ねずちゃんの新しい生活ですねー。
by ChatBleu (2013-09-28 10:48) 

のの

なんだろう~( ̄m ̄)ねずちゃんの新しい役割・・・
新しい出会いがやってくるんですね。
それにしても、仏っさまの説法、アリガタヤ~(ー人ー)*
by のの (2013-10-01 17:01) 

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