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その49 [第10章 新しい出会い]

 大きな瞳で見つめられて、ねずったら言葉もなく、口あんぐりで眺めるばかり。
そんなねずを、彼女はしばらく観察し、やがてこの猫はそんなに意地悪じゃなさそう、と踏んだらしい。

明るく澄んだフルートの音色を思わすソプラノボイスで、おずおずと言った。

 「・・・あの、あなた、そのお食事、ぜんぶ食べてしまわれるおつもり?」

 唐突な質問に、ねずの口はさらにあんぐりだ!

あったりまえでしょ、あたしゃ腹ぺこの小汚いノラなんだから!
しかも、ぐうぐう鳴るお腹をなだめながら、食いしん坊の五匹が食い散らかしていくのを待ちに待って、

ようやくゴハンにありつけたっていうのにさ!
そもそも、なんであんたみたいな、いかにも外国産でいいとこのお嬢風のきれいな鈴付き
(そう、彼女の首には金色の鈴がついたピンク色の首輪が巻かれていた)が、
うらぶれた墓地のすみっこのノラ猫さま御用達のお食事処に用があるわけ?
あんたなんて、さっさとお家に帰って、ゴージャスな煮こごりタイプとかの朝ゴハンを
出してもらえばいいじゃない! ・・・と、腹のなかでそんな風に思ったかどうだかは知らないが、
結局、お人よし(お猫よし?)のねずちゃんは、こう答えた。

「あっ、うん。・・・じゃなくて、えっと・・・つまり・・・あんた、お腹空いてるの?」
「ええ、そうなんですの。わたくし、もう、三、四日はお食事をいただいてなくて」

「う~ん・・・」ねずは、うなった。
ねずは夕べも境内の入口でそこそこの量をいただいたし、昨日の朝もここで食べた。
そのうえ、いま、この猫に声を掛けられるまでに二十粒は平らげたので、
即・飢え死というような状態ではまったくない。
でも、この王女さまは、三日も四日も食べていないのだ。

お地蔵さんの祠に置き去りにされたあとの一カ月で飢えの苦しみを十分に味わったねずとしては、
この腹ぺこ猫の心情を察するにあまりあるのである。・・・だから、ここはひとつガマンのとき。
腹の虫は抗議をしたそうだったけれど、しかたなくゴハンを半分譲ることにした。

「じゃ、いいよ。この鉢に残っていた分は、もうねずがほとんど食べちゃったんだけど、
こっちに落ちてる粒々は、みんなあんたにあげる。拾えば、きっと四、五十粒はあると思うよ」

「まぁ、ありがとう!」
王女さまは、うれしそうにコバルトブルーの目を輝かせた。
そして、あくまでも優雅な仕草でこぼれたキャットフードに歩み寄り、
ひと粒ひと粒を上手に舌で拾いながら、かみしめるように食べはじめた。

 ねずは、熱心に食べつづける王女さまを、あらためてじっくりと眺めてみる。
最初は、その見たこともない不思議な毛色と、優美なスタイルと、金色の鈴付き首輪ばかりが
目に入ったので、てっきりどこかのお金持ちの箱入り猫が
ぶらりと遊びに来たのかと思ったのだけれど、どうやらそうではないらしい。

 近くで見ると、その毛並みは土埃やなんかで薄汚れていて、形のいい大きな耳には、左右とも、
細かなひっかき傷がたくさんある。 耳にひっかき傷ができるのは、たいていは、
弱い猫が強い相手に追い散らされるときだ。王女さまは、この場所にたどりつくまでに、
きっといくつもの餌場を渡り歩き、古参猫にいじめられてきたにちがいない。

放浪暮らしを長くつづけてきたのだろうか・・・
散乱していた粒々をすっかり拾ってしまって、名残惜しそうにひっくり返った猫鉢をのぞきこんでいる
王女さまに、ねずは問いかけた。

「あんた、どっから来たの?」

「わたくし?」
ねずの問いに王女さまは驚いた様子で、その深いまなざしをどこか遠くにさまよわせている。
そして、ほっと深いため息をつきながら言った。
「わたくし、ほんとに、どこから来たのでしょうね。長い長い道のりだったような気もしますけれど・・・
わたくし、どうして、いまこちらにいるのか、自分でも不思議な気がしているんですのよ・・・」

そして、王女さまは、記憶のひとつひとつをゆっくりとたどりながら、
彼女にふりかかった身の上話を語りはじめた。

   ~その50に、つづく~


コメント(5) 
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コメント 5

こいちゃん

あらまぁ、本当に育ちの良さそうなお嬢様
いったいどういうことなんでしょうね・・・・後が気になるぅ!
by こいちゃん (2013-10-12 08:37) 

かずあき

おはようございます。
話、続きますね。

by かずあき (2013-10-12 09:13) 

ニャニャワン

アラビアンナイトのようです。
新しい展開が楽しみ。
by ニャニャワン (2013-10-12 10:58) 

ChatBleu

そんなお嬢様がお外でどうやって暮らしてるんだろうと心配になっちゃいますー。
by ChatBleu (2013-10-12 20:10) 

hiro

こんばんは。
久しぶりのご訪問になってしまいましたが、話がずいぶんと進んでいて、
一気に読んでしまいました。
ねずちゃん、よくがんばりましたね。
野良の強さを身に着けつつも、王女様にごはんを譲ってあげる優しさが
なんとも良いですね。
続きを楽しみにしています。
by hiro (2013-10-13 01:11) 

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