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その52 [第10章 新しい出会い]

ヒメが『稀少なロシアンブルー』ではなく、おまけにやっかいな病気持ちであることを知った女は、
病院からの帰り道、ヒメを通りすがりの公園の茂みのなかに捨てた。

病気持ちの子猫を、家に連れ帰るわけにはいかない。
だって彼女の大切な繁殖猫ちゃんたちに、病気が移ってしまいますからね。

「さよなら」さえ、女は言わなかった。持っていたケージから乱暴にヒメを放りだすと、
もう振り込んでしまった八万円と血液検査代の一万円、しめて九万円もの大損を呪いながら、
足早に去っていった。

 公園に放りだされたヒメは、わけがわからずにぼんやりとうずくまっていたが、
やがて学校帰りの女の子たちに発見された。 ふたりの女の子は小学二年生で、同じマンションに住む
お友だち同士なのだ。

「あっ、猫ちゃん!」「かっわいいー!」ふたりは口々に言って、ヒメのそばにしゃがみこんだ。
「どうしたのー?迷子になっちゃったのかな?」「お家に帰れないのかな?」
「どうしよう?」「うーん、連れて帰って、ママに相談しようか?」「そうしよう!」

 ふたりはヒメをかわるがわるに抱っこしながら、片方の子のお家に連れて帰った。
その子のママは、抱っこされたヒメと、子供たちの顔をあきれたように眺めて、きっぱりと言った。
「知ってるでしょ?このマンションは、動物を飼っちゃいけないのよ。
だから、どっちのお家にも置けません。拾ってきた公園に戻してらっしゃい」

 ふたりは、やっぱりね、と顔を見あわせて、ヒメを抱っこして家をでた。
でも、さっきの公園に戻ったのではない。ふたりは、ふたりだけの秘密の隠れ家にヒメを連れていった。

そこは、長いあいだ空き家になっている大きなお屋敷で、カギのこわれた裏木戸から
こっそり庭に入れるのだ。
ふたりは道の途中の百円ショップで、五十円ずつ出しあって金色の鈴のついたピンクの首輪を買った。
その首輪をヒメにつけると、めいめいの給食袋のヒモをつなぎあわせてロープにし、
お屋敷の庭の古びた犬小屋にヒメをゆわえつけたのだ。

「ここで飼ってあげる」ふたりはヒメをなでなでしながら言った。
そして、給食で食べ残したコッペパンをちぎって、ヒメの足もとにぽろぽろと置いた。

 女の子たちに、決して悪気があったわけではない。ふたりは本気でヒメをここで飼うつもりだった。
犬小屋をお家にして、どっかへ行っちゃわないように、ロープでゆわえて。
でも残念なことに、猫は、犬のようにつながれて暮らせる動物ではない。ふたりが帰ってしまったあと、
短いひもの範囲しか動けないことに気づいたヒメはパニックになった。
ギャーギヤーとだせる限りの大声で鳴き、なんとか首輪を抜こうと暴れまわった。
夜になっても止まないヒメの鳴き声を不審に思った近所の奥さんが、つながれたヒメを見つけて、
「あらまあ、誰がこんなイタズラをするのかしらねぇ」と言いながらロープをほどいてくれたので、
ヒメはようやく自由を取り戻せたのだけれど。

 ともあれ、自由の身になったヒメは空き家を逃げだし、放浪の身となった。
どこかに寝ぐらを定めることもできず、しばらくは、そこいらあたりのお宅の庭先を点々と移り住んだ。

食うや食わず、ゴミを漁る勇気や知恵もない。
ただ、ヒメにとって幸運だったのは、女の子たちが首輪をつけてくれたことだ。

まるで外国産みたいな美しいルックスと、金色の鈴がついたピンクの首輪。
人なつこくて、上品な仕草。
庭先にちょこんと座っていると、そのお宅の人たちは、みんなヒメをどこかの飼い猫だと思った。

「あら、きれいな猫ね!おいで、おいで」
そんな声とともに縁側のガラス戸が開き、人間たちはチョッチョッと舌を鳴らして手招きする。
うにゃん、とひと声鳴いてコバルトブルーの瞳で見上げれば、
たいていはキャットフードや煮干しやかつお節をいただくことができた。

 そんな暮らしが三、四カ月ほどつづいただろうか・・・
そうこうするうちに、ヒメ、そろそろ満一歳のお誕生日。
ちいさな子猫から、美しい大人のオンナへと成長していくヒメを、そこいらのスケベ野郎どもが
放っておくはずもない。野郎どもはヒメを追いまわし、本能のままにねじふせた。
生まれてはじめての発情フェロモンに突き動かされたヒメも、すべてを受け入れた。
猫たちのエロの季節に、お上品な駆け引きや、公序良俗などないのだから。

そうしてヒメは身ごもった。
ねずと、ここでこうして出会う、ひと月あまり前の出来事である。

   ~その53に、つづく~


コメント(7) 
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コメント 7

ChatBleu

あらら。ヒメちゃん、ママなの?
まだまだ大変そう。。。。
by ChatBleu (2013-11-02 14:26) 

こいちゃん

子供には悪気はないんでしょうけどね
さすがににゃんこは繋がれると泣き喚くもの。
苦労してるねぇヒメちゃん。。その身ごもったあとが気になる
by こいちゃん (2013-11-02 15:09) 

ニャニャワン

ヒメちゃん。びっくりの連続だね~
by ニャニャワン (2013-11-02 17:24) 

ちぃ

こんばんわ(^-^)
少しずつ読ませていただいています♪
by ちぃ (2013-11-02 20:12) 

morichan

まぁ、ヒメちゃん。
まだ年若いオトメなのに、色濃いニャン生を送ってきたのですね。
十人十色とは言うけれど、ねずちゃんはどう感じるのだろう。
とはいえ、そういうヒメちゃんも、
ぶっさまが言う「背負わされた役目」というものがあるはず。
素敵な出会いがあると信じたい~。
by morichan (2013-11-03 00:39) 

かずあき

おはようございます。
by かずあき (2013-11-03 05:16) 

のの

ニャンとも猫社会の厳しさを改めて感じてしまいますね・・。
by のの (2013-11-03 08:38) 

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