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その54 [第11章 ヒメの出産]

 ご鎮守さんのうろは、経験のない若い母猫がはじめてお産を迎えるのにぴったりの場所に思えた。

境内の奥深くにあるためとても静かで、お寺の人でさえめったに通りがかることもない。
あたりには庭木が立ち並んでいて、身を隠しながら出入りできる。
うろは、入口は狭いけれどそこそこに奥行きがあり、
小ぶりな母猫が赤ちゃんを抱っこしてうずくまるのにちょうどいい広さかげん。
また入口が狭いぶん、奥が見えにくくなっていて、
ひっそりと子育てに専念するにはもってこいというわけだ。

 ねずに案内されてうろを見に行ったヒメは、ひと目でそこを気に入った。

「ここなら、そう・・・とてもいい環境に思えます。静かですし、雨も防げるし。
 なかは乾いた苔がいっぱいで、やわらかくて、あたたかそう。
 こんなに上等な赤ちゃんのベッドが見つかるなんて、ねずさん、ほんとうにありがとう」

・・・そう言ってヒメは、
コバルトブルーの瞳をきらきらと輝かせながら、ねずにとびっきりの笑顔を見せたのだ。

 その日から、ヒメはご鎮守さんのうろに住みつき、出産の準備に取りかかった。

ま、準備といっても、猫ですから。検診に行ったりマタニティ体操をしたりするかわりに、
まずはうろの周辺を念入りに嗅ぎまわって、他の猫がなわばりにしたがっていないかをチェックしたり、
近くにどんな餌場があるか、そこにはどんな猫が出没し、いちばん安全に食事ができるのは何時頃か・・・
といった生活のための基本情報を把握しておくことが最優先で、さらにいざというときのために、
赤ちゃんを連れてどこへ逃げるか緊急避難のルートも頭に描いておかねばならない。

そしておろそかにできないのは、お産に備えた丈夫な身体づくり。
お産まで、あと二週間あまり。このお寺にたどりつくまでしばらくのあいだ満足な食事が
できていなかったヒメは、境内や墓地のいろんなところにある餌場を周回して、
栄養補給に励まなければならなかった。

 そういった出産準備のあれやこれやに追われるなかで、ヒメがいちばん好きだった仕事。
それは、うろのなかの枯れ苔を前足でモミモミと踏んでやわらかくし、
赤ちゃんのベッドをもっとふんわりとさせる作業である。 苔にまざった枯葉やとがった小枝が
チクチクと産まれたばかりの赤ちゃんのやわらかな肌を痛めないように、
ヒメは自分の肉球でていねいに確認しながら踏みしめていく。
実際にヒメは、寝る間も惜しんで枯れ苔をかきわけ、気になる小枝を見つけだしては、
ひとつずつ前歯でくわえて、うろの外へ放り出したのだ。

一方でねずは、ヒメのことが気になってしかたがない。 自分の出産でもないのにドキドキ・ワクワク。
あと二週間もすれば、赤ちゃんが産まれてくるのだ!

・・・何匹だろう? 男の子、女の子?
みんなヒメみたいな美しい銀鼠色でコバルトブルーの瞳をもってるのかしらん?
それともヒメが恋をしたスコティッシュホールドとかいう猫みたい?
(ねずはスコティッシュホールドを見たことがなかったので、頭のなかではアイゾウさんを
水色に塗って毛を長くしたような姿を思い浮かべていましたが・・・)

 ねずとはナンの関係もない子猫ではあるのだけれど、こんなふうに親しくなったヒメの子供だもの。
ねずは、まるで姪っこや甥っこが産まれるような気分ではしゃいでしまっているのだ。そんなわけで、
ねずは、用もないのに境内をうろついて、一日に三度も四度もヒメの様子をのぞきに行った。

「ねえねえ、今朝は、お墓の猫鉢に、けっこうゴハンが残ってるよ」
「あのさ、ゆうべから見かけない茶トラのデカ猫がうろついてるから、気をつけたほうがいいと思う・・・」
「もうじき境内の入口のところでゴハンの時間だから、いっしょに行かない?」

 毎朝毎晩、うきうきとやってくる脳天気なねずの訪問は、はたから見るとちょっとご迷惑さま?
と思えるほどだったが、それでもヒメにとっては、大きな励みになっていた。

・・・こんなに親身になってくれる友だちもいる。しっかりやり遂げて、元気な子供を産まなくては・・・
ヒメはそう思って自分自身を奮い立たせ、けんめいに出産準備をすすめてはいるものの、
なんにも知らずにはじめて迎えるお産への不安は日を追うごとに大きくなり、
そのうえ胎児の成長がヒメの身体にじわじわと負担をかけはじめていた。

気持ちのなかでは元気をださねばと思っているのに、このところ、身体が思うようについてこないのだ。
すこし動くと息が上がって、すぐに疲れてしまう。空腹ではあるのだけれど、思うように食べられない。
身体がだるくて、起きているのも辛い。
・・・にもかかわらずお腹のなかで産声を上げた『命のカタマリたち』は、ときにごそごそと寝返りを打ち、
ときにお腹の内側をどすんと蹴りあげながら、母親であるヒメに生きる権利を主張した。

それはほんとうに愛おしく、すべてをかけて守りぬくべき分身なのだけれど、
ときおりヒメの心に得体の知れない恐怖感がうずまいて暗い影を落とした。
この子たちを世に送りだすとき、わたしは自分の身を引きかえにするのかもしれない・・・
ヒメの本能は、そんなことをひそかに感じ取っていたのである。

  ~その55に、つづく~


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コメント 3

かずあき

おはようございます。
なんか、怖そうな話になりそうな?

ウルフの本棚のてっぺん、それを見ていた
サンは、普通にこなして。つまらなそうでした。
それもそのはず、サンは軽業の持ち主なんです。!
by かずあき (2013-11-16 09:33) 

ChatBleu

うーーん、この先が怖いです。なんだか悲しそう(;_;)
by ChatBleu (2013-11-16 18:41) 

こいちゃん

この先が怖いけれど、それでも知りたい・・
by こいちゃん (2013-11-16 22:18) 

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