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その57 [第11章 ヒメの出産]

「ま、ここまで来たら、母猫は命を落としても子供を産むしか道はないし、
 産んですぐに母猫が死んでしまえば、かわいそうだけど子猫たちもおしまいだよ。 いくらアンタが
 めぇめぇ泣いたって、アンタに育てられるわけじゃなし、どうにもならないことなのサ。
 これが野っぱらに生きる猫たちの宿命ってやつだね」
 ・・・キン子さんはそう言ってねずを見やり、ふと思いついたように聞いた。「そういえばあの子には、
 墓地で寝ぐらを見つけなって言っといたんだけど、一体どこを寝ぐらにしてるんだい?」

「あの、境内の大きな樹のうろだけど」

「あっ、バカだねぇ。あのうろを選んじまったのかい!」キン子さんは血相を変えた。
「あれは『ご鎮守さん』って呼ばれていて、この山の守り木さまなんだよ。で、このあたりの人間は
 一年に何回か、あの樹のまわりにわさわさと集まって、なにやら拝んだり祈ったりするんだ。
 そうなったら、うろのなかにいる猫なんてつまみだされちまう。
 だから、あんなに条件のいい寝ぐらなのに、誰も長くは住みつけないのさ。
 今年もそろそろ『お彼岸』とやらで、今朝にも準備がはじまる頃だよ。
 そうなったら、境内じゃダメだ。アンタ、あの子の面倒を見てやるつもりなら、
 早く帰って、墓地に引っ越すように言ってやんな」

 キン子さんの言葉をおしまいまでも聞かずに、ねずは弾かれたようにスタートを切った。
早く帰って、ヒメのために、どこか別の場所を見つけないと!
また百八の石段を、こんどはぴょんぴょんとジャンプしながら昇っていく。
降り道にくらべると昇りの道は、身体のちいさいねずにとってちょっとばかり骨の折れる道のり
だったけれど、ヒメを思う気持ちに背中を押されて、ねずはぐんぐんと昇っていった。

「困ったことになったら、また、あたしに相談しなよー」
遠ざかったふもとのほうから、キン子さんの声がねずの耳にちいさくちいさくちいさく届いた。


 ねずが息つくヒマもなく石段を昇って、ようやく境内にたどりついたのは、もう夜明け前だった。
朝の五時をすこし過ぎたところらしく、
ねずと入れ違うように、小僧さんがお寺の門を開けに石段を降りていく。
ねずは、植え込みに身を隠して小僧さんをやり過ごすと、ダッシュでご鎮守さんのうろに向かった。

「ヒメ、たいへん!」ねずは叫ぶ。「この寝ぐら、引っ越さないと!」

 ねずがのぞくと、ヒメはうろのなかで丸くなっていたが、眠っている様子ではない。
かすかに身体をふるわせ、ちいさなうめき声をたてている。

「ヒメ、ヒメ、ヒメ!」ねずは驚いてヒメの名前を何度も呼びながら、
うろの入口から頭をつっこんで、ふるえているヒメの身体をペロペロとなめた。
ヒメが死んじゃう!ねずは動揺していた。赤ちゃんも産めずに、ヒメが死んじゃう!

 ようやくヒメが頭を上げた。
「ねずさん・・・」弱々しい声でヒメは言う。「なんだか赤ちゃんが産まれそうなの」

 キン子さんの言っていたとおり、ヒメは三日も早くに産気づいてしまったのだ。
陣痛がはじまり、その痛みが、彼女の病んだ身体をさらに傷めつけていた。

ヒメが返事をしたことで、ねずは心の底からほっとした。
ほんとうにこのまま死んでしまうんじゃないかと思ったのだ。それでもまだまだ安心してはいられない。

夜が明ける前、まだあたりが暗いうちに、墓地のほうへ引っ越してしまわなければならないのだ。

「ヒメ、聞いて。このうろは、もう安全な隠れ家じゃなくなっちゃうの。いますぐ引っ越さないと。
お墓のところまで行って、新しい寝ぐらを探そうよ。人間たちが集まってくる前に、早く!」

ねずはそう言いながら、ヒメの首のうしろをくわえて、ぐいぐいと引っ張った。
ヒメも陣痛の苦しみに耐えながら、はうように手足を動かした。
なかば引きずり下ろされるように地面に落ちたヒメは、それでもよろよろと立ち上がり、
ありったけの力をふりしぼってねずといっしょに歩きはじめた。

 墓地まで、もうたどりつけないんじゃないかと思うほど長い時間をかけて、ふたりは進んだ。
ヒメは陣痛がくると座りこんでその痛みに耐え、痛みが引いているあいだに歩いたが、
墓地が近づくにつれて、次の痛みがやってくるまでの間隔が短くなっている。

・・・スグニ、産マレル・・・ヒメは、身体のなかで起こっている変化をはっきりと感じ取っていた。
早クシナイト!

ようやく墓地の入口の階段を昇りきって、観音さまの石像の前にたどりついたとき、
ヒメはあえぎながら言った。 「ねずさん、ほんとうに、もう産まれそうです」

 ねずはあわてた。とりあえず墓地まで来たものの、
ヒメが出産して子育てできそうな場所のアテなどぜんぜんなかったのだ。

しかたなくねずは、いちばん手近で、まぁまぁの場所にヒメを連れていくことにした。
それはねずが当座の寝ぐらにしていた、お参りに来る人もなく寂れた墓石の裏側の、
吹き寄せられた落ち葉だまりである。 そこは屋根もなく、上からのぞかれれば丸見えだし、
おまけに雨が降ればさえぎるものもなくずぶぬれになってしまうような場所だったが、
幸いなことにここ数日はいいお天気つづき。吹きだまった落ち葉もここちよく乾いていて、
すこしのあいだなら身体を休めていられそうである。とりあえずヒメをそこに寝かして、
そのあいだにねずがもっと子育てにふさわしい寝ぐらを見つけに行けばいいのだ。

「とりあえず、ここで待ってて」ねずは言った。「ねずが、もっといい場所、見つけてくるから」

ヒメは、落ち葉だまりのうえによろよろと倒れ込み、そのまま丸まって、身体をふるわせながら
低くうめいている。ねずは、このままヒメを放っておいていいのかすこし迷ったけれど、
それよりももっといい寝ぐらを確保するほうが重要であると判断し、
ヒメの尻っぽを励ますようにひと舐めすると、墓地の奥へと消えていった。

  ~その58に、つづく~


コメント(3) 
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コメント 3

かずあき

おはようございます。
大きな見せ場が目の前ですね。
次回が楽しみです。

残念ながら、まだ私もサンの
曲芸登りは見てないんです。

by かずあき (2013-12-07 08:59) 

こいちゃん

こんにちわ
とりあえず、うろの中から墓地に移れたのはいいけど
目が離せませんね―――
by こいちゃん (2013-12-07 15:40) 

ChatBleu

ヒメちゃんもねずちゃんもガンバレーー!
by ChatBleu (2013-12-07 20:23) 

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