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その58 [第11章 ヒメの出産]

 ねずがいなくなると、ヒメはすぐにひとり目の子供を産んだ。

産み落とす直前、お腹のなかから突き動かされるような衝撃と鈍い痛みが走ったが、
そのあと赤ちゃんはするすると滑るように産道をとおって、羊膜に包まれたカタマリのまま、つるんと
枯れ葉のベッドのうえに生まれ落ちたのだ。

 ヒメはほっと息をつき、はじめてのわが子を抱き寄せた。・・・愛おしい子、わたしの分身。

ヒメはまず、つながったままのへその緒を歯で食いちぎり、赤ちゃんの身体をすっぽりとおおっている
羊膜を頭のほうからていねいに舐めはがした。
さらに血と羊水にまみれた赤ちゃんの鼻と口を舐めてきれいにする。
赤ちゃんが自分で呼吸できるようにしてやるのだ。

母猫のざらつく舌の刺激を受けて、赤ちゃんはちいさく口を開け、ニィニィと元気な産声を上げた。
お産のことなどなにひとつ教わってはいないけれど、ヒメの本能は、
赤ちゃんのためになにをしてやらねばならないかを、ちゃんと知っている。

 しばらくして、もうひとり。・・・そして、もうひとり。

ヒメは小一時間のうちに、次々と三匹の子供を産んだ。
まだ目も開かず、耳もふさがり、歩くこともおぼつかないちいさな三つのカタマリでしかなかったが、
枯葉のベッドのうえで細い手足をバタつかせ、ひとりひとりが自分の力でヒメのお腹を探り、
乳首を見つけてむしゃぶりついた。
ちいさな口で乳首に吸いつかれると、くすぐったいような満足感がヒメの全身をふるわせる。
そして、ちゅうちゅうと吸いつくそのちいさな口に、驚くばかりの強い生命力を感じながら、
ヒメは疲れきった身体を横たえてしばしの眠りに落ちていった。

 「!!!」

 ようやくヒメが赤ちゃんを産むのに、いまの落ち葉だまりよりすこしはマシと思える場所を
見つけて戻ってきたねずは、墓石の裏をのぞいてびっくり仰天である。

満足そうな表情で横たわり、やすらかに眠っているヒメのお腹のまわりに、
ちいさなちいさな三つのカタマリ。 みんな丸まってくっつき合っているので、
まるで毛の生えた大きなおだんご(!)のように見えるけれど、よく見ると三つのお腹が
やわらかく波打っていて、しっかりと呼吸しているのがわかる。

 疲れて眠りこんでいるヒメを起こさないように、ねずはそっとのぞきこんで赤ちゃんを見た。
鼻を近づけてクンクンと嗅ぐと、あたりに残った血や羊水の生臭いニオイに混ざりあって、
赤ちゃんの身体からほの甘い香りがただよってくる。それはヒメの乳首からあふれでた母乳のニオイだ。

 ヒメの三匹の子供たちはめいめいに違った色合いだった。
産まれたばかりなので、みんなまだふわふわのやわらかな産毛に包まれているけれど、
もうそれぞれの毛色がはっきりと見て取れる。 ひときわ目をひくのは、
シルバーグレーに淡い縞模様の描かれた、いかにも外国産の血を受け継いだらしいきれいな仔。

・・・これが、例のスコティッシュホールドってヤツかしらん? ねずは思った。

そして、もうひとりは、まっ黒な仔。
細かな部分はよく見えないが、顔にもお腹にも白い部分がなく、全身がまっ黒の子猫らしい。

最後に、おだんごのまん中にぽっちりと見える、ヒメとおんなじ銀鼠色!
ほかの仔より身体がちいさいうえに、兄妹たちのまん中に抱きかかえられるように丸まっているので、
そこにもう一匹いるんだかどうだかよくわからないのだけれど、
ようく見るとハツカネズミみたいなピンク色のちいさな鼻がピクピクと動いている。

「ヒメそっくり!」そう思って、ねずは幸せな気分になった。
ねずは心のなかでずっと、ヒメの赤ちゃんが美しいヒメとそっくりだといいな、と思っていたのだ。

そのとき、ヒメがふと目を覚ました。お腹のまわりに子供たちが三匹、ちゃんといるかどうかを
すばやく確認すると、ねずがいるのに気づいて顔をあげた。

 誇らしげな、母の顔。
コバルトブルーの瞳は強く輝いていて、産む前よりも元気になったように見える。

ヒメが身じろぎすると、子供たちが一斉に目を覚ました。
おだんごがほぐれて三つのカタマリになり、十二本のちいさな手足がパタパタと動く。
三つのカタマリは、しばらくゴチャゴチャとからまりあっていたが、
やがてめいめいの乳首を探りあてると熱心にしゃぶりついた。

「子供、生まれたんだね」
「ええ、どうにかやり遂げられたみたい」
「ヒメは、大丈夫?」
「わたくしは大丈夫。この子たちを、守らなければ」そう言ってヒメは、
 愛おしそうに子供たちを舐めた。

「もうちょっとマシな寝ぐらを見つけたんだけど」ねずは言った。
「そんなに遠くないし、そこなら屋根もあるよ」

「ありがとう」とヒメは微笑んだが、いまはまだ動けそうにもない。
「ありがとう、でもお引っ越しは、まだ無理だと思うのですよ」

「そうだね、いまはまだ動いちゃダメ。ヒメも子供たちも、ゆっくり眠らなくちゃ」
しばらくの間ちゅうちゅうとお乳を吸っていた子猫たちも、またおだんごに戻って
ヒメの腕のなかで眠ってしまっている。ヒメは子供たちを抱きかかえるように丸まり直し、
すこし疲れたように頭を横たえると、そのままスヤスヤと寝息をたてはじめた。

 やわらかな早春の午後の陽ざしに包まれて、四匹の親子は、ぎゅぎゅっと身体をひとつに寄せあって
やすらかに眠っている。ねずは、ぬくぬくとしたその光景を、いつまでもいつまでも眺めていた。

  ~第12章に、つづく~


コメント(5) 
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コメント 5

かずあき

おはようございます。
悲劇の回避に、ほっ、です。
次回もっとホットにを希望します。
by かずあき (2013-12-14 10:36) 

こいちゃん

やれやれ、とりあえず危機はなく無事出産にこぎつけましたね
ねずちゃん頑張った!ヒメさんも!
by こいちゃん (2013-12-14 16:39) 

ChatBleu

ホッとしました。
でも、まだまだこれからですね。
by ChatBleu (2013-12-14 17:49) 

のの

ねずちゃん、ホントに優しい子ですねぇ・・(;;)
by のの (2013-12-15 10:56) 

ちぃ

こんばんわ(^-^)
ヒメちゃん無事に出産してよかった♪でも元気にママ猫として
生きていけるのかドキドキします。ねずちゃん優しさいっぱい
のかわいい猫ちゃんですね♪続きが楽しみです。
途中を読みかけなので読ませていただきます(^^

by ちぃ (2013-12-19 19:03) 

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