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その59 [第12章 命がきえる]

 あくる日。幸か不幸か、その日はちょうど彼岸の入りである。
ふだんはまるでひっそりと静まりかえっているこの山寺が、一年でいちばん賑わいをみせる
春のお彼岸シーズンの幕が開くのだ。

 キン子さんが言っていたとおり、
このお寺では年に四回、ご先祖さまの御霊を供養する『ご祈祷会』という歳事が催される。
なかでも春のお彼岸のご祈祷会はいちばん盛大で、この日のために百日ものあいだ山にこもっていた
修行僧たちが寺を訪れ、水行をしたり、高らかな声音を響かせて読経したりする。

そのいかにも荒法師然とした姿や、水しぶきを散らしながら祈りを捧げる様は
なかなかのパフォーマンスで、地元の人たちやマニアな観光客までもが見物にやってくるのだ。
また、お寺の檀家さんたちが寄りあって山の守り木であるご鎮守さんのしめ縄を新しくする
一年に一度のお化粧改めの行事も、春のお彼岸の中日にとりおこなわれるのがしきたりなのだった。

 ヒメの寝ぐらを探して、墓地から境内中を駆けまわっていたねずは、
いつもとちがうお寺の様子にオドロキももの木!

まず、きのう、ようやくヒメを連れ出したほんの一、二時間後には、
ご鎮守さんのまわりには人だかりができていた。(ねずちゃん、間一髪だったね!)

脚立が運ばれ、おそろいの半纏を着た男たちが登ってなにやら計測したり、
ご鎮守さんの枝ぶりを確かめたりしている。 いく人かはそばに敷かれたむしろの上に陣取って、
湯飲み茶碗で一升瓶の酒をくみかわしたりして、みんないいご機嫌なのだ。
その一団は午後になると去っていったのだが、ふだんは夕方の五時になると閉められてしまうはずの
門がなぜだか夜になっても開け放たれているようで、境内や本堂には、
遅い時間になっても外からの人の出入りがつづいていた。

 今朝になると、お寺だけでなく、墓地のほうもなにやら慌ただしい。

夜明けどきの猫ゴハンまではふだんと変わった感じはなかったのだけれど、
日が昇って、九時を過ぎる頃になるとぽちぽちと見知らぬ人たちが訪れはじめた。

やってくる人たちは、老若男女に子供連れ。みんな片手に水桶やほうき、花束なども抱えている。
そして、みな、めいめいの墓石のまわりを掃いて墓石を水で清めたあと、花などを供え、
お線香の煙をもくもくとさせて帰っていくのだ。(ねずはお線香のニオイが苦手なんです)

 そんな事態に、ねずはもう気が気じゃない。
 「こんなに人間がやってくるんじゃ」とねずは思う。「ヒメたちがすぐに見つかっちゃうよぉ!」

とはいえ、ねずちゃん、心配はご無用。 ヒメたちの隠れているお墓は、
だてに落ち葉が、ここちよい赤ちゃんのベッドになるほどに積もっていたわけではないんです。

そのお墓は、全部で七~八十区画ほどある墓地のいちばん右奥のすみっこにあるうえ、
そのあたり三つ、四つのお墓がそろって寂れている。
まぁ、いまどきは、相続の問題や核家族化やナニやかやで、ご先祖さまのお墓とは遠く離れて
無縁に暮らしている人間も多い世の中。 これらはみな、そういった部類のお墓なのだ。

だから、ねずがお昼前に、お墓参りの人間たちに見つからないように、わざわざ墓地の外周を
ぐるりと囲んでいる生け垣のなかを忍び歩いてヒメたち様子をのぞきに行ったときも、
その一角はひっそりと人気のないままだった。

 お墓の区画をくぎったブロックの上にちょいと乗って、墓石の裏側をのぞきこむと、
ちょうどヒメたち親子の姿が真上から見える。
子猫たちはあいかわらずのおだんご状態で、ヒメもうとうとと眠っているようだ。

「ヒメ、ヒメ」ねずはあたりに気づかれないように、ささやき声でヒメを呼んだ。

「ああ、ねずさん」ヒメは頭を上げて、ねずを見た。
きのうはずいぶんと元気そうだったけれど、今日はすこし疲れているようにも見える。

「ヒメ、具合はどう?」
「ええ、大丈夫。子供たちも、みんな、いっぱいお乳を飲んでいますよ」

「なんだか今日は、お墓が、いつもとちがうんだ。人間たちがぞろぞろ来ちゃって。
 みんなお墓の掃除とかしてるし、こっちのほうにも来るかもしれないよ。
 だから、早めに引っ越したほうがいいと思うんだけど」と、ねずは言って、
ブロックの上から親子の脇の落ち葉だまりにストンと跳びおりた。

 近くに寄ると、赤ちゃん特有の甘ったるいような匂いがふわりと鼻につく。
それは決して不快な匂いではなく、胸の奥がほんわかと幸せになるような匂いだ。
 (ねずは、ふと、大好きなシュークリームを思いだした)

 ねずが跳びおりた気配で、赤ちゃんたちが目を覚ました。

「あっ、ごめん!」とねずは言ったけれど、もうあとの祭り。
おだんごがほぐれて、色のちがう三つの毛玉になり、
それぞれの毛玉がちっちゃな手足をバタつかせながらミゥミゥと鳴く。
ねずは人間たちに声がとどいてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたが、
毛玉たちはすぐにヒメの乳首を探りあて、それにむしゃぶりついて静かになった。

 ヒメとねずは、思わず顔を見あわせてにっこりと微笑んだ。
無邪気な命のカタマリは、いつだって、みんなの心をまあるくする。


     ~その60に、つづく~


コメント(3) 
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コメント 3

かずあき

おはようございます。
タイトルがすごく気になってます。
by かずあき (2013-12-21 08:46) 

ChatBleu

章のタイトルが怖いです(;_;)
by ChatBleu (2013-12-21 14:40) 

こいちゃん

この後、知りたくないなーって気持ちがしてきました
by こいちゃん (2013-12-21 16:09) 

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