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その60 [第12章 命がきえる]

 やがてヒメは、乳首を離した子供たちを一匹ずつ、口元に引き寄せて舐めはじめた。
飲みあふれたミルクでびちょびちょになった鼻面や口のまわり、背中やお腹、
細い手足や尻っぽの先まで、慈しむように舐めていく。 最後に、赤ちゃんのお尻をペロペロと舐めて
排尿と排便をさせ、おしっこやウンチはみんなヒメが舐め取ってしまった。

「赤ちゃんがちいさいあいだは」ヒメはねずに教えてくれた。
「まだ自分でおしっこしたりウンチしたりできないから、母猫が舐めてやらなきゃならないの。
 でもそれは、わたくしの水分補給にもなるんです。だから出産してしばらくは、
 赤ちゃんを置いて無理に水を飲みに行ったりしなくてもいいんですよ」

 へぇぇ、とねずは感心しきりだ。 タマ取り済みのねずには、一生経験できないことである。
「でも、ゴハンは?」ねずは聞いた。 ヒメは出産前から具合が悪くてほとんど食べられていないのに、
いまは赤ちゃんに母乳まで与えているのだ。「お腹はすかないの?」

「きのう、この子たちを産んだときに、この子たちを包んでいた羊膜や胎盤を食べたのですよ。
 それは、わたくし自身のからだの一部だし、血や養分がとっても濃いものなの。
 だから出産した母猫は、みんなそれを食べなきゃいけない・・・
 それはいま、わたくしのなかで吸収されて、この子たちのためのお乳になっているんだと感じます」

 そんなふうに言いながら愛おしそうにわが子を見つめるヒメの顔には、
すこしやつれた表情とはうらはらに、たくましいエネルギーが満ちていた。
『母ハ強シ』それは、子供を産むすべての女性に、天が与えたもうた特権である。

「今日、日が沈んで、人間たちが帰ってしまったら、ねずが見つけた場所に引っ越そうよ」
ねずは言った。
「ここじゃ、いつ人間に見つかるか分からないし、あっちの寝ぐらには屋根もあるんだよ」

「そうですね」ヒメも、できれば、もっといい場所に移りたいと思っている。
「いろいろと気づかってくれて、ほんとうにありがとう」

 ねずは、ヒメたちの無事を確認すると、またひとり墓地の入口へと戻っていった。
入口には、観音さまの石像の脇にちいさな道具小屋があって、
その屋根に登ればきっと墓地全体がぐるりと見渡せるにちがいない。
日が暮れるまで、ねずはそこから人間たちの様子をうかがっていようと思ったのだ。

ちっちゃな道具小屋の屋根に登るなんて、お茶の子さいさい・・・ねずは、小屋の裏に積まれている水桶を
踏み台にスルスルと昇り、トタン造りの屋根の上からひょいっと白線の鼻面をつきだした。
地面からほんの二メートルほどの高さではあるけれど、屋根から見下ろす風景は、
いつもの墓地とはぜんぜんちがう。 そばをすり抜けて忍び歩いているときは、すっぽりと身を
隠せるほど大きいと思える墓石も、こうして上から眺めてみると、ちっぽけな四角い石でしかない。
墓地にはそんなちっぽけな石がいくつもいくつも列をなして並んでいて、
二、三人連れの人間たちのグループが三つ、墓石の大行列のあいまをちょろちょろと動き回っていた。

視線を右手の奥にやると、ヒメが隠れている墓石がちいさく見える。 ここからではもちろん
墓石の裏にひそんでいる親子の姿は見えないけれど、もしあっちのほうに人間が向かうようなことが
あれば、サッとねずが先回りして危険を知らせることぐらいはできそうである。
今日のねずは信念に燃えて、決意も固く(!)ここに陣取っているのだ。

 ところでその日は、いよいよ本格的な春の訪れを思わせる、ぬくぬくとしたいいお天気で。
まぶしい陽光がねずの背中やトタン屋根にのんびりとふりそそいで、
そこいらじゅうをぽかぽかと温めている。(アブナイな~)
そのここちよさっていったら、それはもう、猫だけじゃなくあらゆる生き物にとって極上の眠り薬。
ぬる湯の温泉ほどにあたためられたトタン屋根の上で、ねずが完全にまぶたを閉じてしまうまで、
ものの十分もかかってないんじゃないかしら?(あっちゃー!!!)

     ~その61に、つづく~


コメント(5) 
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コメント 5

ChatBleu

やーん、ねずちゃん大丈夫~?
寝ている間に何か起きちゃうのかしら。心配ですー。
by ChatBleu (2013-12-28 08:55) 

こいちゃん

これこれ、ねずちゃん、寝たらあきまへん!!あきまへんでー!!
by こいちゃん (2013-12-28 09:19) 

かずあき

こんにちは
今回もまだホが続いてますね。

by かずあき (2013-12-28 14:26) 

ニャニャワン

ねずちゃん まだお仕事 残ってるよ~
by ニャニャワン (2013-12-29 12:02) 

hiro

こんばんは。お久しぶりです。
猫白血病、おそろしい病気ですよね。ヒメは頑張りましたね。
せめて子供達に感染してなければいいけど。。。

さて今年も残りあとわずかですね。
良いお年をお迎えください。
by hiro (2013-12-31 23:33) 

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