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その66 [第13章 命をつなぐ]

「ひとりでは無理」 ・・・また、頭上から声が聞こえてきた。
「ひとり残されたら、子猫はきっと死んでしまう」

「じゃ、どうすればいいの!」 ねずは、なにも見えない空に向かって叫んだ。

「ぶち子を呼びなさい」声は言った。
「ぶち子を呼んで、ふたりで一度に運びなさい」

 声とともに、ねずの頭の上、はるか彼方のまっ暗な闇のなかに、ぼんやりと白い影が浮かんだ。
その影は、早春のおぼろ月のようにも、ほんのちょっとだけ淡い三毛のぶちがまじった
さくらママの美しい白い猫影のようにも見えた。

 さくらママが居てくれる・・・ねずは、直感的にそう悟った。
さくらママといっしょに、ぶち子を呼びにいくのだ・・・ ねずは、昇りかけた石段の上でUターンし、
キン子さんの後を追うように坂道を下りはじめた。

お寺の門をあとにして急な下り坂を一気に駆け抜け、
りりぃママが暮らしていたフェンスの脇を風のように通りすぎる。久しぶりに通るその道は、
お地蔵さんの祠へ、そしてあのベランダへとつづく道。
黙々と走るねずの頭上には、まるで月の光のカタマリのような白い影が寄り添うように漂っていた。

 お地蔵さんの祠まで来ると、ねずは息を切らしながら立ち止まった。
ほっとひとつ息をして、なつかしいベランダを見上げる。 ・・・そろそろ夜中の二時頃だろうか?
窓の灯りは消されていたが、月の光に照らされてベランダの猫箱がうっすらと見てとれる。

 ぶち子があのなかで、眠っている・・・ ねずは思い、そして思い出す。

背中あわせで眠った、あのぬくもりを。ここちよい音楽のような、やすらかな寝息を。
ときどきぶち子が寝返りを打って、伸ばした手足の肉球でぶにゅっとねずの背中を押した、
あのやわらかな感触を。

 そしてまた、ねずは思う・・・ ぶち子は、まだ怒っているのだろうか?
頭のなかのスクリーンに、あの日ねずをベランダから突き飛ばしたぶち子の顔が
まざまざとよみがえった。 怒りと憎しみに満ちた眼と。 悲しみに閉ざされた氷の横顔と。

ねずがベランダに帰れなくなって、ひと月と半分あまり。・・・なぁんだ、まだ、ひと月半?
たった、それっぽっち? いいえ、絶対にそうじゃない。
ねずにとって、それはあまりにも長くて重いひと月半だったのだ。

「勇気を出しなさい、ねず」耳もとで、声がささやいた。
「ぶち子は、きっとあなたを待っている」

その時、ベランダの薄暗闇のなかで、なにかが動いた。
ちいさな茶色い鼻面が、ベランダの柵のすきまからのぞく。

「ママ・・・?ママ・・・?」 ぶち子の声が聞こえた。
やっぱりぶち子も、さくらママの気配を感じているのだ。
ぶち子は柵から首をのばし、ママを探してあちこちを見まわしている。

・・・そして、見つけた。
お地蔵さんの祠の脇にぽつんと立ちつくしてベランダを見上げている、なつかしいねずの姿を。

「ぶっちゃん・・・」ねずは、ちいさな声で鳴いた。
「ねずちゃん・・・」ぶち子も、それに答えるように鳴く。

ふたつの視線が重なりあった。
ベランダの上と下、二十メートルほどの距離を隔てて、ふたりはしばらくのあいだ静かに見つめあう。
お互いの胸に言葉にならない『ナニカ』があふれ、
複雑にからみあった心の結び目がゆっくりとほどけていった。


           ~その67に、つづく~


コメント(5) 
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コメント 5

かずあき

おはようございます。
掃除水替えが終わって
こちらを読んで。
なるほど、命のために
気持ちが伝わってきます。

by かずあき (2014-02-08 09:45) 

ChatBleu

ねずちゃんとぶち子ちゃんが仲直りかな。ちょっとうれしい^^
by ChatBleu (2014-02-08 10:56) 

makimaki

訪問しました
by makimaki (2014-02-08 15:59) 

こいちゃん

ほぉ~ねずちゃんとふぢ子ちゃんの和解はココから、さくらママのおかげなんだね
by こいちゃん (2014-02-08 18:49) 

hiro

こんばんは。
ヒメはやっぱり死んじゃったんですね。
仔猫を守れるのはねずちゃんだけ、守り切ってほしいな。
いつもながら、引き込まれる文章ですね。
ぶち子ちゃんと和解できるのでしょうか?甘えん坊のぶち子ちゃんは、
一緒に仔猫を守ってくれるのかな?
次回も楽しみにしています。

by hiro (2014-02-08 22:35) 

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