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その69 [第13章 命をつなぐ]

「さ、あとはりりぃにまかして、あたしたちは退散しないと」とキン子さんが言った。
「こんなとこに猫がたむろしていると、公園掃除の人間たちに見つかっちまうよ」

 三匹は道具小屋をあとにした。キン子さんは「じゃ、またね」とも言わずに足早に姿を消し、
残されたふたりは、自然と肩をならべて公園の入口へと向かう。

ねずもぶち子も、なにか大きな仕事をやりとげたあとの呆けたような脱力感にとらえられていて、
ただ黙々と足を運ぶばかり。 夜明けにはまだ遠く、公園は静けさと闇に包まれていた。

「さくらママ、いたよね?」公園の階段を下りながら、ねずが言った。
「さぁ、わかんない」ぶち子の答えは素っ気ない。

それでも今夜、さくらママがふたりのそばにやってきたことは確かだし、
そのことは、ぶち子にもはっきりとわかっているはずなのだ。

「さくらママ、帰っちゃったかな?」
ねずは、生い茂った木々の暗い影のすきまから夜空を見上げてみる。 でもそこには、
葉っぱのすきまにちらりちらりと、星たちのかすかな瞬きがのぞいているだけだった。

「そんなの、知らない!」ぶち子は言って、ずんずんと早足で階段を下りていった。

ねずはその後ろ姿を、なつかしい気持ちで眺めている。
しなやかな背中とおっとりと動くお尻、長い尻っぽがひらひらと揺れて、
まるでねずに「おいで!」と合図しているみたい。

 ねずは、しばらくぶち子の後ろ姿に見とれていたが、ぶち子が階段を下りきって
道路を渡りはじめたのを見るとダッシュで追いかけ、道路を渡った先で追いついて、
どしんとぶち子のわき腹に体当たりをくらわせた。

「いたぁい!」ぶち子は叫んで、仕返しにねずの右耳を噛んだ。
ねずはひょいっと身をかわして反対側に回り、こんどはぶち子の背中に乗っかる。
ぶち子は身をくねらせて仰向けに寝っころがり、ねずを抱え込んで猫キックを浴びせた。

 しばし、まるでやんちゃ盛りの子猫のように、ふたりはくんずほぐれつもつれあった。
・・・そして、感じた。・・・お互いの鼓動を。・・・ぬくもりを。・・・再び会えた喜びを。

そんなふうにもつれあいながら、ふたりはお地蔵さんの祠までやってきた。
ここから左側の裏庭に入れば、それはベランダの猫箱への帰り道。 まっすぐ行けば、さようなら。
ふたりは立ち止まり、そして顔を見あわせる。

「・・・帰ろう?」ぶち子は言ったが、ねずはなんにも答えてくれない。

ねずは、じっとぶち子を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「ねずには、もうひとつだけ、やんなきゃいけないことが残ってる」
そう言って、ちらりと坂の上に目をやる。
「その用事が片づいたら、戻ってくるから。きっと、ここに戻ってくるから」

ねずはぶち子にそう言い残すと、またひとり、坂道を駆け上がっていった。


その日、二往復目となった坂道と石段昇りはきつかったけれど、ねずは休み休みなんとか昇りきった。
もう空が白みはじめていて、境内には小僧さんの姿が見える。
早くしないと! ねずは思って、見つからないように墓地へと急いだ。

墓地にはいったら、右奥へ。ヒメが横たわっている墓石へと向かう。
さっき子猫たちを連れていったときのまんまに、冷たく固くなったヒメの亡骸がそこにはあった。

ねずはひょいと仕切りブロックを跳びこえて、ヒメの傍らに立ち、その顔をのぞきこんだ。
すこし苦しそうに半開きになった口、濡れて乱れた毛並み。
とても安らかとはいえない最期だったけれど、目は静かに閉じられて、眠っているようにも見える。

ねずは、ヒメがすこしでも生前のあの美しかった姿に戻れるように、乱れた毛を舐めて整えてやった。
顔から頭、そして背中からわき腹へ。首筋の毛を舐めながら、ゆるゆるになった首輪をくわえてみる。
ちょっとひっぱると、首輪はちりんちりんと金色の鈴を鳴らしながら、するりと抜け落ちた。

抜けた首輪を脇におき、ヒメの全身の毛を整えおえると、ねずは亡骸を落ち葉で埋めはじめた。
イヤなカラスがつつきにこないように。人間たちが見つけて、どこかへ連れていかないように。
ねずは横っちょの落ち葉だまりを前足で器用に掘りかえし、後ろ足で蹴ってヒメの身体にかけていく。
落ち葉だまりはかなり深くて、あたりにはたっぷりの落ち葉があったけれど、
ヒメの身体を完全に隠してしまうのは、けっこう骨の折れる作業だった。
ヒメの亡骸を埋めてしまうと、ねずは仕切りブロックの上からささやきかけた。

「子供たちのことは、もう安心。だから、ここで眠ってて。
 そして、いつか目が覚めたら、きっと子供たちに会いに来て。
 あの子たちは公園にいる。そして、ねずも、あのへんにいるから」

そしてねずは、ヒメの首から抜け落ちた、古ぼけたピンクの首輪をそっとくわえて走りだした。
・・・行く先?・・・ それは誰にも教えられない、ねずだけの秘密。(!)

           ~第14章(最終章)に、つづく~


コメント(6) 
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コメント 6

かずあき

おはようございます。
ねず君に見習わなくてはならないのは
私たち人間のほうです。
人間性という言葉を置き換えれば。

ちくわ、こんなにおいしく感じたのは
はじめてです。
工程も、なるほどと思いました。

by かずあき (2014-03-01 10:07) 

ChatBleu

ねずちゃん、がんばったね。
とうとう最終章ですか!終わっちゃうのが残念ですよーー。
by ChatBleu (2014-03-01 10:49) 

ちぃ

さくらママ、見守ってくれてるのですね♪
人に寄り添い、癒してくれる猫たち。同じ生き物なのに人間の勝
手な行動で苦しい最後や辛い日々を過ごさせるのは本当にかわ
いそうな事ですね
ねずちゃんはどこへ向ったのかな、もう最終章なのですね
寂しいな。
by ちぃ (2014-03-01 11:24) 

こいちゃん

やっぱり最終章なんですね。ねずちゃんはいったいどこへ?
楽しみです
by こいちゃん (2014-03-01 15:43) 

makimaki

読みました
by makimaki (2014-03-02 08:29) 

のの

いよいよ最終章なんですね。
by のの (2014-03-03 20:47) 

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